『コインロッカーベイビーズ』の疾走感たるや 1

村上龍の代表作だそうで。

とにかく不快感にまみれた世界観。暴力・ドラッグ・セックス・ミュージック。著作に通底する作者の世界観みたいなのと相容れないと評価できないでしょう。
あたくしもそんなに好きじゃない人間のひとり。

疾走感も描写力もずば抜けているのは間違いなくて、合う人にはこれくらい楽しい本はないだろうなと素直に作品のレベルの高さを認める一方で、あまり肌には合わないというのは本音ですね。暴力もドラッグもセックスもミュージックも、それほど目にせず気にせず耳にせず恵まれず、だから本ばっかり読んでるんですよ、こちとら。

p83
「いやあ、ごめんごめん遅くなっちゃった」
戻って来た運転手を見てアネモネは叫び声を上げそうになった。顔とシャツが血塗 れだったのである。
「意外とあっけないもんですね、人間の肉って柔かいんだなあ、驚きました、金はあるよ、早く逃げよう」
運転手は震え声で言うと、車を舗道に乗り上げ強引に反転して渋滞を縦に抜けようとした。アネモネは声を出そうと思ったがだめだった。どうしていいのかわからなかった。体中に鳥肌が立って寒気が走り頭だけが熱かった。こんなことやってたら馬肉が腐ってしまう、そう思うと怒りが込み上げて来た。

運転手も運転手なら、アネモネもアネモネだ。

運転手は見るからに狂ってるけど、この状況で馬肉の心配をするアネモネも重症であります。
ちなみに順序が逆なのはわかっていて言うけど、アネモネがどーしても脳内でエウレカセブンのキャラクターで再生されてしまう。

多分モデルなんでしょうけどね、性格もどことなく似ている。

p79
坂の下に薬島と俗称される一画が見えてきた。薬島は毒物汚染地域である。五年前 に突然この区域で小動物や鳥が死に始めた。調査の結果、土壌に塩素系の強い毒物が 発見された。皮膚に付着すると痙瘡を引き起こし、体内に入ると肝臓や神経をやられ 妊婦にとっては流産や奇形児出産の恐れがある有毒な化学物質である、とだけ発表さ れた。なぜ土に混じっていたのか原因は明らかにされなかった。近辺に化学工場がな いので、運搬中の車から洩れたか、不法投棄されたか、建築工事の衝撃や地熱で特殊 な化学変化を起こしたか、いずれかだろうと言われている。特殊な毒物は水に溶け ず、熱処理も不能で微生物も分解できない。衛生局は住民に多額の保障を与えて退去 移転させ、汚染地区を閉鎖した。コンクリートで固め周囲に鉄条網を張り陸上自衛隊 が警備をした。

都内一等地にこんな危険な場所があるという世界観。馴染めませんが、このほんの世界観にはうってつけ。どうしようもなく、危険が必要なんでしょうね、物語を紡ぐのに。

ホテルの番頭が、タツオのすぐ横で、「やむを得ないな」と呟いた。タツオは、「え?やむを得ないんですか?」と確かめた。番頭 は、当り前じゃないか、と言って電話の前に走った。タツオは狂喜した。ついに、「やむを得ない場合」が訪れたのである。拳銃を取りに宿舎に戻り大急ぎでホテルの 宴会場に引き返した。宴会場のドアを足で蹴り、叫んだ。「みんな、手を上げろ!」 乱闘は終わってみんなは後片付けをしていた。泥酔して暴れていた男達は警官の前で 頭を掻きながら水を飲んでいた。しかし興奮したタツオは引き金を引いてしまった。 三発。一発が、ガラスの破片を掃いていた女中の肩に当たった。

たしか『五分後の世界』にも出てきますよね、タツオ。
ちょっとオツムが足りない感じだけど、どこか憎めない。

上記の間違いなんかまさに与太郎。
コメディだがリリーフではない、むしろ混沌の先導者という感じ。

p215
これからはおしゃれしなきゃだめよ、おしゃれしなさい、車の中でニヴァはそう話 しかけた。ハシはハンドルを握るニヴァの手の甲が別な人間のもののように皺が多い ので気になって仕方がなかった。おしゃれしなきゃだめよ、おしゃれは世界で一番空 しい遊びなんだから、だから楽しいのよ、洋服や化粧は何のためにあるか知ってる? 脱がされて裸にされるためにあるのよ、見る人にね自分のあそこを想像させるために あるの、裸にされてぶたれて顔に水をかけられて犬みたいに這わされてしまうと、全 てゼロ、だからいいのよ、そう言ってニヴァは初めて笑った。

ニヴァの枯れた感じ、好きだな。
「だからいいのよ」ってセリフが似合う、退廃的な女性。素敵だね。
手の甲に皺が多い感じとか、村上龍は本当に意地悪なくらいよく見ている。観察眼には舌を巻く以外にないですね。

つづきます。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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