『先生と私』感想⑤ 時代特有の青臭さ #佐藤優

革命だなんだ、というのはちょっとその発想自体がノスタルジーを含むところになっていますね。

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「先生は、どうやったら世の中が変わると思うの」 「それは革命しかないよ」 「先生は革命をしようと思っているの」  ちょうど階段を昇り終えたところだった。大宮ステーションビルの入口の前で先生は立ち止まり、しばらく沈黙してからこう言った。 「革命をしたいと思っていたが、僕は逃げた」 「逃げたんですか」 「そうだ。僕は逃げた。佐藤君、人間には誰にも逃げなくてはならないような状況がある。そのとき重要なことがある」  先生は歩き出した。 「何ですか」と僕は尋ねた。 「『俺は逃げた』ということを正確に記憶しておくことだ」 「記憶することが重要なんですか」 「そうだ。逃げたのに闘っていると誤魔化すことがいちばんいけない」

あの時代に生まれていたら、あたくしは革命を志していたのでしょうか。やっぱりノンポリだったんでしょうか。
当時のインテリたちは、多かれ少なかれ、闘争や革命との距離について思う処があったんでしょうね。ノンポリになるにせよポリシーは必要なわけです。
逃げることが悪いとは思わないというのはあまりに現代的な思想かもしれませんが、逃げたことを忘れるな、というのも大切な視点ですね。

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父は、「銀行員はみんな自分を中産階級と思っているがそうじゃない。労働者そのものだ」と言っている。母は、伯父の影響を強く受け、社会党に対して強いシンパシーをもっている。従って、階級という発想には抵抗感がない。僕自身も労働者階級の一員と思う。しかし、中学校や塾の友だちと話をすると、みんな「うちは中産階級だ」と答える。塾の友だちでは、大工の息子だけが、「僕は職人の息子なので労働者階級に属している」と答えた。親たちはだいたい同じような経済状態になるのに、なぜ労働者階級という言葉を嫌うのかが僕にはよく理解できなかった。

働いている人はみな、労働者階級なんですな。働かずして食う、これが資産階級か。労働者階級が恥だ、という意識は90年台には無かったような気がします。練馬にはなかっただけかもしれませんが。

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僕は早慶学院の塾長から電話がかかってきた話をした。そして、「僕たち塾生が商品のように扱われているような、嫌な感じがする」と父に伝えた。父は少し考えてからこう言った。 「優君、それは仕方のないことだ。塾長には自分の生活がかかっている。優君が塾長にとって役に立つから、塾長は優君のことをたいせつにしたのだ。大人の社会はすべて、役に立つかどうかという基準で成り立っている。以前、優君にも話したことがあるが、お父さんは総務課長と仲がよくない。技術のことがまったくわからない事務屋の 頓珍漢 な話には一切耳を傾けない。恐らく使いにくい部下だと思われている。しかし、課長はお父さんをたいせつにしている。どうしてかわかるか」 「わかりません」 「お父さんは、技術班の中ではいちばん腕がいい技師だと自負している。これはお父さん一人の評価ではない。同僚の技師たちも、課長も認めている。それから、3日に1回、宿直があってもお父さんは文句を言ったり、順番を替わってもらったりしない。仕事では絶対に誰からも文句を言われないようにしている。それだから、課長がおかしなことを言ってきたときに『そんなことは技術的にできません』『専門的見地から見て課長が言っていることは意味がありません』と言い返すことができる。大人の社会は利用、被利用が基本だ。利用価値がない人間は切り捨てられるか、ぞんざいな取り扱いを受ける。お父さんが優君に技術者になってほしいと思ったのは、手に職があれば、他人から軽く見られずに給料を稼ぐことができるからだ」

現代にも通用する話です。
腕とマナーさえあれば、嫌われていようと問題はないということです。IQと愛嬌、両方あればどこでも通用するということ。他人から軽く見られない、というのは結構大切なことなんですね。代替不可能な人なんてそういないけど、代替すると大変な人だ、と思われることもまた大切。芸は身を助くということでしょうね。

さて、この『先生と僕』は高校入学で一旦終りを迎えます。
続きもあるそう。読まないでか。

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