またこのクルも可愛いんだ。
『ノラや』p243
お宅の猫が死んだそうで可哀想だから、代りに雄の三毛 猫の子を差上げます。よろしかったら今すぐに連れて来ます、と云うのだそうで、或 はそう云う風に指図した先生がいたのかも知れない。
御親切は忝ないが、とお礼を云って猫は ことわった。
知らない人から電話で、進羅猫の子をやると云う。クルちゃんの事ばかり考えてい ないで、是非飼えとすすめる。おことわりするのに気を遣った。
越後の新潟からその家の子猫に、お前は東京へ行ってクルちゃんの代理の様な顔を して、先生の家へ這入り込めと教えていると云う便りがあったが、大雪で汽車が停ま っているそうだから、先ずやって来る心配はないだろう。
皆さんの御親切は難有いが、私は先年の春、三月二十七日の午後のうららかな庭の 木賊の茂みを抜けて、どこかへ行ったきり帰って来ないノラと、今度のクルと、 この二匹の猫が大切なのであって、その外の優秀な猫、珍らしい猫、或は高価な猫などに 何の興味もない。ノラクルちどこにでも、いくらでもいる駄猫で、 それが私には何物に換えられないのである。
そういうことだよ。そういうものがある人が、自分で幸せになれる人なんだ。そう、あたくしは、思いますね。
ノラに続いてクルもいなくなる。でも、それが人生さ。そういう大切なものを失ったりするうちに、年をとって、自分もこの世を去る。それだけなのかもしれませんね。
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