落語『短命』文字起こし

今度、高座で『短命』をかけることに。
久々の高座。緊張しますね。

ちょっと確認のために文字起こし。
基本は2人の会話劇なんだけど、バレをどうテンポよく無理なく続けていけるかがミソだと思うんですよね。

熊五郎 こんちわ

ご隠居 おやおや、熊さん、久しぶりだねぇ、まぁお上がり...どうしたんだい、今日は。

熊五郎 いや、それなんでさぁ、ええ。実はご隠居さんにね、また「お悔やみの文句」を教わりに来たんですけどもね。

ご隠居 あれ、「お悔やみ」かい?この間、教えてしんぜたような気がするが。

熊五郎 いや、それなんですよ。初めて一人で「お悔やみ」に行くってんでね。教わったじゃないですか。「さてこの度は……」ってぇやつ。

ご隠居 うまいじゃないか、それだよ。悔やみの枕詞は「さて、このたびは」と相場が決まってる

熊五郎 そこなんですよ。実際にね、行ってみたらびっくりしたのなんのって。ありゃあ、陰気なところですねぇ。みんな神妙な面持ちで下むいてるしね、後家さんはめそめそしてるしさぁ。

ご隠居 まぁ、そりゃあ、陽気なお悔やみというのは滅多にないけれどもね。

熊五郎 それでね、早いとこ済ませちゃおうと思ってね。「さてこの度は」と頭を下げたんだ。そして、ふと、目を上げたら、仏壇に美味そうなものがズラーッと並んでんだ。それ見たら思わず「この度はご馳走様」、なんて言っちまって、泣いてる後家さんがひっくり返って笑い出すし、みんなは俺のこと白い目でみるしね。恥ずかしいやらなんやらで、もう……。

ご隠居 はっはっは。そりゃ災難だったな。しかしまあ、悔やみなんて時は出来合いの文句で行くのが一番いいんだよ、あぁ。畳に手をついて「さてこの度は、ゴモゴモゴモ……」と。それで、何か用があったら手伝って帰って来たらいいんだよ。しかし、お前さん、いったいどこのうちでご不幸があったんだい?

熊五郎 いや、それなんですよ。あの伊勢屋の旦那ね、あれ、また死んじゃったんですよ

ご隠居 おまえ、妙な事を言うね。何だいその「また死んだ」てぇのは。人間てぇものは、一生は一度切り。死ぬのは一度きりと神武天皇のころから決まっているんだ。

熊五郎 いや、あっしゃ職人でしょ。気が短いからネ。よく話しをはしょって「分かんねぇ」ってよく言われるんですよ。ハナから筋道つけて話しますとね、三年前にあそこの大旦那が亡くなったでしょ

ご隠居 いい方だったな。あの人を悪く言う人は誰もいなかったね

熊五郎 そうですよねぇ。あっしもいまだにあの家に庭仕事で出入りさせてもらってるんですけれどもね。ま、あの大旦那が亡くなって、あとにおかみさんとお嬢さんが残った。あれだけの大店ですよ、男がいないというのは何かと不便。そこで、お嬢さん婿取りということになったんですが、当のお嬢さんが、男嫌い、でね。あれこれ縁談はあるものの、どうしても首を縦に振らない。さーぁ、困った、あんな美人が生涯行かず後家か。もってぇねぇ話しだ、なんてみんなで言ってるとさ、ヒョイと舞い込んだ縁談にお嬢さんが乗った。
その婚礼の当日、行ってみて驚いた。そのお婿さんのいい男ったってね、大概いい男ってのはどっか嫌みなもんなんだけどさ、そのお婿さんってのはもう嫌味も何も無い、スッキリとしたいい男。お嬢さんとならべておくとまるで一対のお雛様だ。結構だねってんで、高砂やだ。するとおばあさんも安心したんだろうねぇ。じきにあの世におさらばしちまった。
そうなりゃもう二人っきりだ。仕事はみんな番頭任せ。そりゃもう、仲がいいったらねえよ。いやぁ、結構だねって言ってるとね、しばらくすると、そのお婿さんの透き通るような白い色が、だんだん青みがかかってきた。あれ、いいのかな? って言ってたら寝込んだってんだ。あれ、見舞いに行こうかな? って言ってたら死にましたってんですよ。気の毒にねぇ。

それで、二度目のお婿さん。これがあぁた、先の亭主に懲りたってんじゃねぇんだろうけど、なんだい、ありゃ。丈夫一式。
男ってのは家や橋じゃねぇんだから、丈夫でありさえすりゃいいってもんじゃねぇよ。ところが、なんだ、ありゃ。顔がいびつで眼が細くて口がでかくて、腕なんかこんなに太くってね。あたしたちゃ、影であの男のこと「ブリのあら」って呼んでたんですけどね……

ご隠居 なんだい、その「ブリのあら」ってのぁ

熊五郎 いや、血生臭くって骨太くて脂ぎってるってんで。あんなブリのあらとあの美人のお嬢さんが、うまくいくのかねぇって言ってると、女ってのぁ妙なもんだねぇ。先の亭主より一層仲がいいんだ。あーあ、まあ、勝手にしねぇな、なんて言ってるとね、しばらくするとブリのあらがゲソッっとね、ししゃもくらいになっちゃった。あれ、いいのかな? って言ってたら寝込んだってんだ。あれ、見舞いに行こうかな?って言ってたら死にましたってんですよ。

ご隠居 お前さんのは、手後ればかりじゃないか

熊五郎 いや、それほど急な話しなんでさ。それからまた独り身でいるわけにゃいかない、てんで三人目のご亭主を貰ったところが、今度も「あれ?いいの?見舞いなの?」と思っているうちに、コロッと逝っちまった。
だから、”伊勢屋の旦那がまた死んだ”ってわけです。

ご隠居 ほほぅ、なるほど。

熊五郎 しかし、不思議じゃねぇですか。先の大旦那、あんないい人だったのに、そのお嬢さんに来る亭主来る亭主、どうしてああコロコロ死んじまうんだろうねぇ

ご隠居 まぁなぁ。しかし、そりゃ…お前…分かりそうなもんじゃないか。

熊五郎 へ?

ご隠居 お嬢さん、器量がいいんだろ?

熊五郎 いいなんてもんじゃねえよ。今年三十三なんだけどさ、美人は得をするね。どう見たってそうは見えねえ、十は若く見えるね。悔やみに行ってね、お嬢さんに会えると思うと...へへへっ...なんか嬉しくて、震えが来るんだよ。いい女だよぉ

ご隠居 そうだろ? そういう具合に、女房の器量が良すぎる、夫婦仲が良すぎる、亭主に暇が有りすぎる、これを俗に「三過ぎる」といってね。たいてい亭主は短命なんだ

熊五郎 なんです、その「たんめい」ってのは

ご隠居 「短い命」と書いて「短命」。長生きすれば長命だ

熊五郎 へぇ。...何かい? 女房の器量が良すぎたりすると、亭主が早く死んじゃうの?

ご隠居 お前……分かりそうなもんじゃないか。夫婦仲がいいんだろ?

熊五郎 それだよ! 特にあの二番目のブリのあら、あの仲の良さったら、バカバカしいくらいだよ。あっしがね、あっちのお宅で庭仕事に精を出していたそんとき。ひょいと見ると、障子が半間ほどあいててさ、あっしゃ見るとも無しにじっくり見ちゃったんだけどさ。お膳が出てて、ご飯ができててさ、そしたらお嬢さんが「あなた、お給仕をいたします」なんて……悔しいねぇ!

ご隠居 何がだよ?

熊五郎 何がったって! 相手がブリのあらだよ! おれはあんとき、既にうちのカカアもらっちまってて……

ご隠居 ……しょうがないやつだな。あきらめな。しかし、相手がなんだろうが、夫婦なんだから、女房が亭主に「あなた」くらいのことは言うだろう

熊五郎 うーーっ、ん…そりゃそうなんだけどさぁ…まあ、それでね、お嬢さんがね、フワッ、フワッっとおまんまヨソッてね。はい、あなた、なあんて手渡しやんのよ。

ご隠居 ふんふん。

熊五郎 それがね、素直にすっと出さねぇんだよ。脇へこう手をついてね、カクッとからだ「くの字」にしちゃってさ、七分三分にブリのあらを見ながら茶碗を差し出して「あ・な・た~」...
言われた「ブリのあら」がね、「おまぇぇぇぇ」。
でね、お嬢さんが差し出した手を握り締めてね、そのまんま放さねぇんだよ。そいでもって「いつも楽しいねぇ」
こっちゃ焦れちゃってさ「早く食えぇっ!」なんてさ、思わず言っちゃった。
それが聞こえたわけじゃないんだろうけどさ、お嬢さんがさ「あなた、いつまでこうしていても仕方がありません。あたしが食べさせてあげますから、お口をあーんして下さいな」なんて言いやがるのよ。相手はブリのあらだよ!?
それがあのでけぇ口をわざわざおちょぼ口にしやがって、「あぁぁぁぁ~ん」間抜けな顔しやがんの。
そしたらね、お嬢さんがね、箸に米粒を三粒半ほど乗せてね、ほ、と口の中に入れてね。
「ブリのあら」がはね「おいち~ぃ...も一つ」
バカだぁ、ありゃぁ!!
しかしね、よく仲のいい夫婦ってのが世の中にあるってのは話しにゃ聞いてるよ。だけどね、あんな仲のいい夫婦ってものはなかったね

ご隠居 そうだろ? そういう風に仲がいいから短命なんだ。早く死んじまうんだ

熊五郎 ?

ご隠居 そうじゃないか。ご飯を優しくよそって色っぽく差し出す。受け取ろうとするブリのあら。触れ合う手と手、あたりを見ると誰もいない。顔を見るといーい女だ...早死にだろ?

熊五郎 わかんねぇなぁ...こう、手を出すだろ? すると手と手が触れる、と、コロッと死ぬ?

ご隠居 バカ、別に即死するわけじゃないよ! おまえは、野暮だねぇ。いいかい、よく聞きなさいよ、ご飯を優しくよそって色っぽく差し出す。受け取ろうとするブリのあら。手と手が触れる。握ればまるで吸い付くよう、白魚ならべたような五本の指。あたりを見ると誰もいない。顔を見るとふるいつきたくなるようないい女…ヘッヘッヘ…短命だろ?

熊五郎 …わかんねぇなぁ…こう、手と手が触れるだろ? すると、ジワジワ死ぬ? アッ、指から毒!

ご隠居 怒るよ、あたしゃ!そうじゃなくて……

熊五郎 …・あ、やっぱりね。おれぁそうじゃないかと思ったんだよ。察しがいいから分かるんだ。ずばり、おまんまに毒!

ご隠居 お前の知恵は毒にしか行かないのか? あのね、そうじゃないよ、あのね、お前、分かるでしょ、こう、…夫婦が、夜やることを、昼からやったって……って、そういうことだよ。

熊五郎 え?

ご隠居 だから、夫婦が夜、やること、だよ……

熊五郎 ……んと……あ!内職?

ご隠居 だから、お前んちじゃないんだ。大店の若夫婦。やることなんざ無いの!!

熊五郎 …… ?あ…… あれか?! 分かった! 分かったよ! おれぁ、察しがいいから

ご隠居 良くない! お前は察しが良くない!

熊五郎 そうか、そういうことですかぃ。いやーぁ、過ぎちゃ毒だ、なんてよく聞きますよ、いゃーぁ、よく分かりました。へぃ、じゃまた伺います。ごめんなさぃっ

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熊五郎 ハハハッ、そうかそうか。だいたいあの人ぁ、話しを回りっくどく言うからわかんないんだよ。「お鉢のふたをパッと取る、湯気がポッ」するとおれぁうまそうだなって思って、それでわかんなくなっちゃうんだよ。ハナからそう言ってくれりゃいいんだよ、おれだってわかるよ。
おぅっ、おっかぁ、今けぇったぜ

おっかあ まぁ、お前さん、いったい今までどこをほっつき歩いてやがったんだい? もう、のたくってんじゃないよ!

熊五郎 おめぇ、帰る早々、なんて言い草だ。「のたくって」ってなぁ、何だよ。おれぁご隠居のところで...あれ、何の話しだったっけ...ああ、そうだ、悔やみの文句だ、それを教わってたんじゃないか。ちょいと腹が減っちまったんだ。昼飯用意してくんねぇ

おっかあ そこに出てんだろ?

熊五郎 出てるって、そういうこと言うなよ...って、ここにあるのはミカン箱の上にネコの茶碗だけじゃねぇか

おっかあ 心配しなくたっていいよ。お前さんが食べた後、綺麗に洗っとけば、ネコはなんとも言いやしないよ。

熊五郎 …お前、何か大きく間違ってねぇか……、へ、へ、へへへ、

おっかあ お前さん、何か考えるんじゃないよ、お前さんは考えたって分かりゃしないんだから。お前さん「竹を割ったような」頭なんだから

熊五郎 ...ヘヘッ、照れるな

おっかあ 誉めてんじゃないよ、嫌だねぇ、この人ぁ... それより早くお店へ行かなきゃなんないんだろ、あんたお悔やみに行くって言ってたじゃないかさ……

熊五郎 そうだったそうだった。うん、行く。行くからさ、おまんま、よそってくれよ。

おっかあ なんだい、そりゃ。いつも言ってるだろ。うちは、自分のことは、自分でやる。そういう家訓なの。

熊五郎 いや、そうなんだけどさ。それはわかってるんだけど、どうしても、お前によそってほしいんだよ。

おっかあ うるさいねぇ、もう。どうせご隠居のところで、悔みの文句と一緒に下らないことを教わってきたんだろ。これだから男ってやつは、本当に……めんどくさい...これでいいゃ、よいしょ!

熊五郎 お前、今、茶碗でしゃくったろ! 何の為にしゃもじがあるんだよ、それじゃどぶ掃除みたいじゃないか。ちゃんとしゃもじでよそってくれよ

おっかあ うるさいね、しゃもじにご飯粒がつくとなかなか取れないんだよ、どうせ腹に入っちゃえばおんなじじゃないか、まったく女の苦労も知りやがらないで...わかったよ、やってやるよ! よいしょ! ホレッ!

熊五郎 オィッ、放ったりするんじゃねえよ、おれは慣れてるから受け止められたんだぞ。頼むから、こう、はすっかいになってさ、からだ「く」の字にして七分三分におれを見ながらさ、「あ・な・たぁ~」って言いながらさ、渡してくれよぉ...

おっかあ な、なんなんだい、それは...まったくバカだねぇ、男ってものは、外で妙なこと覚えてきちゃうちで女房にやらせようとするんだから...わかったよ、やれってんならやるよ、あたしだって女の端くれなんだから...こうかい? ...もう、生涯に一遍きりだよ...クスッ、もう、照れくさい!

熊五郎 頼むよぉ、ほら、「あ・な・たぁ」って、頼むから...

おっかあ わかったよ! もぅ...あ・な・たぁ

熊五郎 お、お、やりゃ出来るじゃねぇか...
おっ、手と手が触れた、ありがてぇ、手を動かすんじゃないよ、あたりを見ると誰もいない...
顔を見...
ああ……おっかあ、俺は長生きするわ。

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うーん、ちょっと前半直したりして。
高座は来月頭。がんばるぞい。

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