前半の前衛BLぽさに比べると、後半の明治感は半端ないです。
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明治期の文学者、夏目漱石の長編小説。「東京朝日新聞」「大阪朝日新聞」[1914(大正3)年]。「先生と私」「両親と私」「先生と遺書」の3部からなる晩年の傑作。親友Kを裏切って好きな女性と結婚した罪を負う先生の行く末には絶望と死しかない。「こころ」というタイトルに包まれた明治の孤独な精神の苦悩には百年たった今も解決の道はなく、読者のこころを惹きつけてやまない。新聞連載後岩波書店から刊行のとき、装幀は漱石自身が「箱、表紙、見返し、扉及び奥附の模様及び題字、朱印、検印ともに、悉く自分で考案して自分で描いた」。
第2章はかなり現代的。
人間関係やら見栄でうごく田舎に比べてしまうと、都会がなんと過ごしやすいところか、と主人公の気持ちがより東京へと傾いていきます。これは今でも通ずるところでしょう。
位置: 2,045
先生から明瞭な手紙の来ない以上、私はそう信ずる事もできず、またそう口に出す勇気もなかった。それを母の早呑み込みでみんなにそう吹聴してしまった今となってみると、私は急にそれを打ち消す訳に行かなくなった。私は母に催促されるまでもなく、先生の手紙を待ち受けた。そうしてその手紙に、どうかみんなの考えているような衣食の口の事が書いてあればいいがと念じた。私は死に瀕している父の手前、その父に幾分でも安心させてやりたいと祈りつつある母の手前、働かなければ人間でないようにいう兄の手前、その他妹の夫だの伯父だの叔母だのの手前、私のちっとも頓着していない事に、神経を悩まさなければならなかった。
それにしても漱石の文章は素敵ね。「私のちっとも頓着していないことに」なんて子供っぽくってね。時に文学的な日記になったり、時に子どものように本能で判断していたり。主人公の可愛らしさが引き立ちます。
位置: 3,250
今まで長い間世話になっていたけれども、奥さんがお嬢さんと私だけを置き去りにして、宅を空けた例はまだなかったのですから。私は何か急用でもできたのかとお嬢さんに聞き返しました。お嬢さんはただ笑っているのです。私はこんな時に笑う女が嫌いでした。若い女に共通な点だといえばそれまでかも知れませんが、お嬢さんも下らない事によく笑いたがる女でした。しかしお嬢さんは私の顔色を見て、すぐ不断の表情に帰りました。
お嬢さんが好きで好きでたまらないから、Kから奪ったのではない、ということがよく分かる箇所。わかるわー、こういう女、あたくしも好きじゃない。笑ってその場をやり過ごそうとするやつ。処世術なんでしょうけどね。根本的解決をまるで考えなくても何とか出来ちゃうのが若い女性の強みかもしれません。
位置: 3,861
道のためにはすべてを犠牲にすべきものだというのが彼の第一信条なのですから、摂欲や禁欲は無論、たとい欲を離れた恋そのものでも道の妨害になるのです。Kが自活生活をしている時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたのでした。その頃からお嬢さんを思っていた私は、勢いどうしても彼に反対しなければならなかったのです。私が反対すると、彼はいつでも気の毒そうな顔をしました。そこには同情よりも侮蔑の方が余計に現われていました。
いや、でも、この頃の主人公はお嬢さんを想っていた、慕っていたのでは?と思わせるこの文。どれも本当なのでしょう。ただ、大好きという気持ちだけではなく、嫉妬や羨望などが入り混じってよくわからない状態だったのは推察されます。むしろ、その方が普通なのかもしれない。
いまだって、恋に恋して付き合うカップルなんて大勢いるしね。多分だけど。
位置: 4,473
私に乃木さんの死んだ理由がよく解らないように、あなたにも私の自殺する訳が明らかに呑み込めないかも知れませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。あるいは箇人のもって生れた性格の相違といった方が確かかも知れません。私は私のできる限りこの不可思議な私というものを、あなたに解らせるように、今までの叙述で己れを尽したつもりです。
そして最も不可解なのがここ。
結局、乃木将軍が死んだから、先生は自殺するのです。これがやっぱり分からない。どう読んでも、分からない。『三四郎』で「日露戦争に勝って国が滅びる」とまで言わせた漱石が、どうして乃木将軍の死を契機に先生を殺すのか。まるであたくしにゃ分からない。
やっぱり、分からない面も強いんですな。『こころ』。
よく分かる部分も大変なんですけどね。
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