『霧越邸殺人事件』感想 もう一つの館

読んでいて思ったんですが、自分、見立て殺人大好きですね。

信州の山中に建つ謎の洋館「霧越邸」。訪れた劇団「暗色天幕」の一行を迎える怪しい住人たち。邸内で発生する不可思議な現象の数々…。閉ざされた“吹雪の山荘”でやがて、美しき連続殺人劇の幕が上がる!

どことなくクラシックでね。
クリスティや横溝正史の影響なんだろうな。

ホワイダニット重視の人間ですからね。「なぜ見立てたのか」が好き。

位置: 34
2009年発表の、やはり僕にとって〝特別な一作〟である長編ホラー&ミステリ『Another』と同じ角川文庫に並ぶことで、『Another』で初めて「綾辻行人」を知ったという読者の 許 にも本作が届いてくれれば 嬉しく思う。ホラーを含む怪奇幻想系の小説といわゆる本格ミステリを、たとえばジョン・ディクスン・カー『火刑法廷』などの先行作とはまた違うアプローチで有機的に結びつけようとした、最初の僕なりの試み、それが『霧越邸殺人事件』だったからである。  ──

本著は結構、奇想天外系の要素が少なくて好きでした。

位置: 666
「楽焼 のことだよ」
「焼物の名前? 特別な物なの」
「まあ、そうだね。 轆轤 じゃなくって、 手 捏ねで作るんだ。 鞴窯 で、低温の火で焼く。こういう手法で作った物を一般に楽焼と呼ぶんだが、本来は楽窯、つまり京都の楽家一族か、あるいはその弟子の作だけを指して云う」
「ふーん。イドって云うのは?」
「朝鮮の、 李朝 時代の焼物だ。俗に『一井戸二楽三 唐津』と云って、室町時代から 茶碗 の王様として非常に貴ばれた。大井戸とか名物手とか呼ばれる、出来のいい大振りな井戸茶碗は、三十個くらいしか現存していないらしい。僕はいま一つ好きになれないんだけどね」

こういうペダンティックな会話もお手の物だね。
基本的に「知らんがな」で読むところだけど、井戸の茶碗と聞いては捨て置けぬ。

なるほど、李朝時代の焼き物のことでしたか。初めて知った。

位置: 834
「そうだよ。 有田焼 を別に伊万里と云うが、伊万里にはだいたい三種類の様式があってね。 柿右衛門、古伊万里、それから鍋島。その鍋島焼だ。鍋島の色絵皿のことを、俗に色鍋島と云うのさ」

有田焼=伊万里なんだ、それも知らなかった。勉強になります。

位置: 839
「やあ、その隣にある皿が、いま云った柿右衛門だね。余白が多いだろう。この、とろりとした乳白色の 素地 を〝濁し手〟と云って、柿右衛門の特色の一つだ」
「柿右衛門って、確か日本で色絵磁器を始めた人の名前ですよね」
「物知りだな」
「大学でちょっと 齧ったんです」
「そうか。深月は芸大出だったっけ。ふん。──ところがね、初代 酒井田柿右衛門が有田で赤絵を創始したっていうのは、実は飽くまでも伝説の域を出ない話なんだな。確証は何も残ってないらしい」

ふーん、ペダンティック。

位置: 849
こういう時、最初に目に飛び込んでくるのは概して、自分が気に入っている作家の著作名であるものだ。私の場合、それは 北原白秋 の『邪宗門』や『思ひ出』であったり、 佐藤春夫 の『殉情詩集』であったりした。
何かしら胸が締めつけられるような気分で私は、並んだ背表紙の文字を改めて追ってみる。 土井晩翠『天地有情』、 萩原朔太郎『月に 吠える』『青猫』、 若山牧水『海の声』、 島木赤彦『切火』、 堀 口 大 學『月光とピエロ』、 西 條 八十『砂金』、 三木露風『白き手の猟人』……。

どれも知らないなぁ。
学がなくて申し訳ない。しかし、こういう本棚の話は面白いね。

位置: 3,437
ギリシャ神話の牧羊神の名を冠したこの会は、『 方寸』や『スバル』『三田文学』『新思潮』などで活躍した若手の美術家や文学者の交歓の場となった。白秋、杢太郎の他にも 吉井勇 や 高村光太郎、 谷崎潤一郎 ら 錚 々 たる顔触れが集まり、文壇にいわゆる 耽美派の興隆をもたらす原動力になったと云う。 「そして一九〇九年、二十四歳の時、処女詩集『邪宗門』を自費出版。『パンの会』の機関誌『屋上庭園』が創刊されたのも、この年でしたか」

ちょっと前に木下杢太郎について学んだんですが、こういうところに出てくると「おっ」と思いますね。

位置: 3,464
『邪宗門』や『思ひ出』もそうだけれども、続く『東京景物詩及其他』が恐らく、そんな初期の白秋の詩風が最高潮に達した詩集だと云えるだろう。初版は一九一三年だが、制作年代はその三年前にまで 遡り、『思ひ出』と重なり合いながら『邪宗門』の直後を受ける関係になる。
そもそも彼の初期の創作自体、ボードレールやヴェルレーヌらフランス世紀末詩人の影響下において為されたのであるから、そういった傾向も当然なのだろうが、にしても濃密な異国情緒、神秘と夢幻、毒々しいまでに 頽唐 的 な雰囲気の中で 綴られた感覚詩、官能詩には、一種異様なまでの迫力が 漲っている。

って、全然本筋と関係ないところばかり引用していますね、自分。
ミステリってマークするところ少ないとはいえ。

位置: 2,109
犯人は何故”「 雨」 の見立て” を行なったのか。
すべての鍵は、やはりそこにあるような気もする。

これだよ、これ。
なぜ見立てを?狂気と思われたいから?ひけらかしたいから?

位置: 2,749
「じゃあね、もう一つ、真相に近づくための決定的な手がかりを教えようか。と云っても、こいつは非常に特殊な── この霧越邸という家だけでしか通用しない ような代物なんだが」
「この家でしか?」
「ああ。二日目の午後に初めて温室へ行った時、僕らが目撃した例の天井の 亀裂 だよ。あれが何を意味するのか、それだけが不明だ──と鈴藤、 一昨日 の夜、君自身が云ってただろう」
「ええ、確かに。でも、あれがいったい」
「あの亀裂の意味が分かれば、 犯人の名が分かる ってことさ」
槍中は事もなげに云った。

この「霧越邸」というオカルトな場所が果たす役割ですよね。
ミステリ×オカルト、このバランスですね。

位置: 3,137
では、いったい何の目的で犯人はわざわざそんな作業をしたのでしょうか」  一人一人の反応を確かめるように、槍中はゆっくりと場を見まわす。長い──長すぎるほどの間が、ここで置かれた。

もったいぶる。槍中さん、はよ。
でもこの間が演出力よね。読者としてはたまらん。

位置: 3,717
「便乗殺人」
「ええ。そういうことです」
「ああ……確かに、一貫したモティーフを持った殺人が連続して起これば、僕たちはほとんど自動的に、犯人は同一の人間であると 見 做 してしまう」

この手があったか!という裏切りでした。
なるほど、これは面白い。

位置: 4,111
「他のものたちも皆、そのようにしてやらなくてはいけない。手を尽くして、その美しさを守ってやらなくてはね。では、取り分け生物のように、速い速度で移ろうことを運命として背負わされているものに対してはどうすればいいのか。僕は悟ったよ、一昨日の夜にね」
何かしら勝ち誇ったような調子で、そして槍中は云うのだった。 「この手で摘み取ってやるのさ。それ以外に方法はない」

アクロイドとは違うが、これもまた立派な読者への裏切り。
やられましたね。

エピローグ

位置: 4,370
あの家を辞した日、のろのろと門に向かう車の中から見たあの影。霧の狭間、硝子の向こうに立っていたあの影。よく知った、とても近しい者の姿だと感じたあの人影が何者だったのか、その答えを。
あれは──。
あれはそう、きっと この私の 影だったのだ。他の誰でもない、この私自身の姿を、あのとき私はあの霧の中に映して見ていたにすぎなかったのだ。
それはつまり、この 怒濤 のような時の流れの中に動かぬ 砦 を築きたいと語った彼の言葉に、私の心の何処かが共感していたということなのだろうか。あるいはもしかして、あの家のあの〝風景〟に彼女の美しさを刻み付けたと云った彼の行為を、その価値を、私はこの心の何処かで、あのとき既に認めてしまっていたという、そういうことなのかもしれない。

100点であり0点のエンディングですね。模範的すぎる。
「あれはそう、私だったのかもしれない」ってね。

綾辻さんだから許されるやつ。

特別インタヴュー

位置: 4,463
──『霧越邸』はその年の「週刊文春」のミステリー・ベストテン投票で一位になっています。それまで 毀誉褒貶 に 晒されがちだった「新本格ミステリ」が、そのことで一般にも認知されたような印象があったのですが、綾辻さんご自身はどう感じましたか。
綾辻  当時の率直な感想を云ってしまうと、「え? 何で?」でしたね。「新潮社からハードカバーで出すとこんなに反応が違うのか」とも(笑)

面白いけど、特別か、と言われるとそうでもないのでは。
十角館や迷路館の方が、個人的には好き。

位置: 4,545
いま思うと、『霧越邸殺人事件』が世に出たのって京極夏彦以前、だったんですよね。京極さんが『姑獲鳥の夏』を発表したのが九四年ですが、当初は案の定、似たような文句を云う人たちがいたじゃないですか。すべてが過不足なく説明されていないとか、これは反則だろうとか。その手の 頓珍漢 な声を、次の『魍魎の匣』で早くも黙らせちゃったのが京極さんの 凄いところなんだけれども。

いま現在、あたくしも同意見。
姑獲鳥の夏はあまり好きになれない。本格にこだわるわけじゃないけど、ルール違反はルール違反だと思っています。

こんなこと言われたら『魍魎の匣』も読まなきゃじゃん。

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