『クリスマス・プレゼント』感想2 今読むとすごさがわかる

しかし、本当に面白いですね。

三角関係

位置: 2,553
フライトアテンダントがモーに近づいた。「ジル・アンダーソンさんですね?」
モーがうなずいた。
フライトアテンダントが一枚の紙を差し出す。「サインをお願いできますか」
モーは差し出された文書をぼんやりと受け取ると、サインした。
それは非同伴小児運送申込書だった。子どもを一人きりで飛行機に乗せる場合、この申込書に保護者のサインが必要となる。

この「三角関係」なんていい叙述トリックですよ。理想的。また読みたいね。

この世はすべて一つの舞台

位置: 2,691
た。「おまえは 邪 な者、私は善きキリスト教徒でありながら、おまえを赦すすべを心中に見出すことができない。それでも、おまえの魂のために祈ろう。神はおそらく私より情け深いであろう。では行くがいい。今度おまえが目の前を横切ろうものなら、私の剣を握る手は物見をすることなく、おまえは思うが早いか、天の聖なる宮殿で申し開きをしている自分に気づくはずだ」

チャールズやシェイクスピアやグローブ座やらが出てくる。日本でも啄木鳥探偵とかがそういう感じよね。常に文豪たちがみんな集ってる。これもきっと、チャールズやディケンズやシェイクスピアに通じていれば面白い文章なんだろうな。教養はないけど、あたくしもこういうの、好き。

被包含犯罪

位置: 3,772
トリボウは立ち上がると、ごく短い冒頭陳述を行なった。ダニー・トリボウは、刑事法廷で正義の水脈を指し示す占い棒の役割を何よりも効果的に果たすのは、美辞麗句をちりばめた弁論ではなく、陪審の前に提示する事実から導き出される真実であると固く信じていた。

トリボウの主義主張が端的にわかる素晴らしい文章。

位置: 4,035
「残念だったな、検事さん」本日の英雄は少し間を置いて続けた。「な、言ったとおりだったろ。あんたに勝ち目はねえってさ」
弁護士の一人がハートマンに封筒を差し出した。ハートマンは封を開け、パスポートを取り出した

法廷サスペンスもかける、というジェフェリーの凄さ。ハラハラするよね。

位置: 4,043
ハートマンは笑みを浮かべ、扉に向かって歩きだそうとした。 「ああ、ハートマンさん」トリボウが呼び止めた。「もう一つだけ」
殺人者が振り返った。「何だよ?」

いいね。コロンボみたい。

位置: 4,073
ハートマンが降参した。「わかった、わかったよ。罰金でも何でも払うから、ここから出してくれ。いますぐ払うよ」
トリボウはハートマンの弁護士の顔を見た。「第一八条三一項の後半部分は、あなたから説明なさいますか」
弁護士はまいったなと首を振りながら言った。「これは重罪なんだよ、レイ」
「どういうことだ?」
「かならず実刑が科されるということだ。最短で六月、最長で五年」
「何だと?」ハートマンの目に恐怖が広がった。「いや、おれは刑務所には行かれねえ」弁護士に向き直り、腕をつかむ。「そう言っといたろうが。行けば殺される。冗談じゃねえ! 何とかしろよ! たまには報酬分の働きをしてみせろってんだ!」

試合に負けて勝負に勝って。大裁判では負け、簡単な余罪でしょっぴいて、あとは自業自得ってね。キレイな終わり方だ。

クリスマス・プレゼント

位置: 4,483
ふむ、強固な絆で結ばれた家族か──ライムは皮肉をこめて考えた。それがパーク・アヴェニューの精神科医を富豪にし、世界中の警察の電話を二十四時間鳴らし続けている。

皮肉だね。こういう物言いがハマるのも行間に漂う気品からこそ、かしらね。

位置: 4,812
「アンソニー……」スーザンは言いかけた。
アンソニー・ダルトンは向かいの椅子に腰を下ろした。「しばらくだね」「どうしてここに?」
「きみが行方不明になったと聞いて、カーリーのそばにいてやろうとあの警官の家に行った。心配したぞ。そのときにカーリーといろいろ話してね。これが私ときみへのカーリーからのプレゼントだそうだ。今夜、ためしに一緒に過ごしてみるというのが」
「カーリーはどこ?」
「ボーイフレンドの家に泊まりに行くそうだ」前夫は微笑んだ。「つまり、私たちにはあすの朝までたっぷり時間があるわけだ。二人きりで過ごせる。昔みたいに」
スーザンは立ち上がろうとした。しかしアンソニーは電光石火で立ち上がると、彼女の頬に平手打ちをした。顎の骨がみしりと音を立てるほどの力で。スーザンはソファに倒れこんだ。「私がいいと言うまで座ってろ」

ここ、背筋が凍りますよ。ほんと、嫌な予感はしていたけどね。素晴らしい文章だな。
感動の再開が恐怖に一気に落ちる。この落差。

位置: 4,997
「あの通路が何か?」
「証拠から推測できてしかるべきだった」ライムはぼそりと言った。「いつもどおりの人員を使えていればね。もっと効率的に解決できたはずだった」科学者であるライムは、証言や証人をはなから信用しようとしない。ライムはサックスにうなずいた。物的証拠を神とあがめるライムとは対照的に、ライムの呼びかたを借りれば〝市民第一〟の警察官であるサックスは、彼を補完する存在だった。そのサックスが説明した。「リンカーンは、あなたがこの夏にここに越してきたばかりだということを思い出したの。カーリーが今朝、そう話してた」

安楽椅子探偵には優秀な助手が必要。このバディ感よな。

位置: 5,034
「ママはそそっかしいから」消え入るような声だった。「まさか──」
スーザンはうなずいた。「お父さんに虐待を受けていたの。階段から突き落とされたり、麵棒や延長コードやテニスのラケットで殴られたり」
カーリーは母親に背を向けて家を見つめた。「ママはいつも言ってた。パパはすばらしい人だって。だからあたしはずっと思ってたわ。そんなにすてきな人なら、どうしてよりを戻さないのかしらって」
「真実からあなたを守りたかった。愛情にあふれたお父さんを持たせてあげたかった。でも、結局だめだった──あの人は、わたしを心から憎んでいた」
しかし、カーリーはかたくなだった。歳月をかけて積み上げられてきた嘘。彼女のためを思ってのことだとしても、理解するには、そして許すには、長い長い時間がかかることだろう。

夫婦の間の嘘も、程々にね。子どもたちには真実を話す必要も、たまにはあるということか。

パインクリークの未亡人

位置: 5,768
「正直に打ち明けると、あなたを信頼して大丈夫かしらと迷ったけれど」
「ニューヨークの出身だからかな?」ロールストンは微笑んだ。
「〝北部人の侵略戦争〟[南北戦争の南部での呼びかた]は、そうね、いまでもときおり醜い頭をもたげることがある……でも、ちがう。なぜ委任状をお渡しすることにしたか、わけを話すわね。未亡人は、自分の影に怯えていては生きていけないわ。怯えてることを世間に見抜かれてしまうから。血の匂いを嗅ぎつけたサメが群がってくるだろうから。次の瞬間には、さよならだわ。でもね、わたしはあなたの目を見て、こう自分に言い聞かせたの。この人を信じようって。全財産を直観に賭けてみようって。いえ、この場合は夫のお金をだわね。隠されたお金を」サンドラ・メイは書類に目を落とした。「あの事故の前なら、悩みがあればジムに相談したし、ジムと結婚する前は、母がいた。自分一人では何一つ決められなかった。でも、これからは一人で生きていかなければならないわ。自分の考えで選択できるようにならなくちゃ。手始めに、あなたを雇い、あなたを信じることを選んだの。これはわたしが わたしのために することよ。だから、その委任状を使ってお金の行方を突き止めて、取り返して」
ロールストンは代理委任状にもう一度丁寧に目を通し、署名を確認した。「これは撤回不能な委任状だよ。取り消すことはできない」
「撤回できる種類の委任状では、お金の行方を捜すこともできないし、必要が生じたとき訴訟を起こすことも不可能になると弁護士に助言されたの」
「そうか」ロールストンは彼女を見上げてまた微笑んだ……

この短編もよく出来たドンデン返しですよ。お手本のような話。

どれも教科書のように真っ当で、かつスリリング。
これは何度も読みたい。

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