西村賢太著『小説にすがりつきたい夜もある』感想 相変わらずケツの穴が小さい

しかし、あんまりタイトルが賢太ぽくないんだよな。

四面楚歌の状況下、すがりついた一冊の本─。爾来、藤澤清造の歿後弟子としての運命が拓ける。
葛西善蔵論として卓越な「凶暴な自虐を支える狂い酒」、独得な筆致によるヰタ・セクスアリスの色慾譚」など、無頼、型破りな私小説作家の知られざる文学的情熱が満載された、芥川賞受賞前後のエッセイ集。【本書は、『随筆集 一日』を再編集、改題したものです】

スタイリストたる賢太は、こんな泣き言みたいなタイトルつけるかしら。でも、内容は素晴らしい。

私小説五人男-私のオールタイム・ベスト・テン

位置: 164
その私が選ぶベストとなれば、何をおいてもまず私小説が挙がってくる。しかし、私小説ならば何んでもいいと云う訳ではない。 結句、藤澤清造を別格とし、葛西善蔵、田中英光、北條民雄、川崎長太郎がその種の四天王であり、この五人の作のみが、私にとっての私小説なのである。

偏屈。ケツの穴の小さい。しかしそれこそオタクである。
しかし、どれもkindle版は少なそうなんだよなぁ。

わが心のファイターズ

位置: 412
が、寝耳に水の北海道移転に伴い、かの思いは俄かに絶たれるかたちとなった。根が人一倍狭量にできてる私は、東京っ子の球団として、弱小時代から応援し続けてきた長年の気持ちを踏みにじられた思いがした。あまつさえ、該地に移転後は見事に地域密着型球団の成功例となり、札幌ドームは常に満員、大盛況なぞ云うのを聞けば、尚と嫉妬の炎も燃え上がる。
で、 最早 他の熱心な東京在住ファンのように、たまさかの東京ドームでの主催試合も一切無視をきめこむことにした。
つまり、完全にファイターズファンから足抜けしたのである。

ここでも了見が狭い。しかし、そこが良いというのが賢太ファンである。
伊集院の影響もあったりするんかな。

或る感銘

位置: 495
私は昔から音楽に関心を持てぬ性質だった。
単に聞くのも、とんと興味がない。だから小、中学校の音楽の授業は最も苦痛な時間でもあった。

あたくしも、わりと最近はそうだな。若いときは聞いてたけど、いまは落語やラジオばっかり。聞くこと自体は好きだけど、そんなに音楽いらない。ノーミュージックでもライフゴウズオン。

位置: 549
最近、高田先生を思うとき、織田作之助を連想することがよくある。
高田先生が江戸東京と大衆芸能を心底愛しているように、織田作も地元大阪を愛し抜き、文楽芝居や古典に根を踏まえつつの、「軽佻浮薄」ぶりを遺憾なく発揮した創作活動を行なった。

先日、『夫婦善哉』を読んだなぁ。
確かに軽佻浮薄であり、古典好きであり、ユーモラスであった。

位置: 1,820
これで、或る日 突然死 でも訪れ来たら、誰に看取られることなく朽ちた私の 骸 は、当然発見も遅れて液状の 態と化すであろう。

液状ではなくタクシーの中での突然死でしたね。ご冥福を。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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