作者さんは小説家らしいです。
父方の祖母が生きた江戸の末期。文学・演劇・音曲等々……。幼い頃から様々な話をとりとめなく聞いて育った著者の心に染み込んだ鮮烈な感覚は、滝沢馬琴、河竹黙阿弥、上田秋成、近松門左衛門等を語るその語り口に彷彿とする。殊に秋成の<夢幻と現>の間を描写する文体への言及は、円地文学の根源に呼応。祖母から聞き覚えた沢山の話を鏤め、愛情込めて綴る絶品の江戸文学案内書。
日本の江戸文学には並々ならぬ感心はあれど、どれも読みづらくって。
本著はエッセイぽいし、安かったしで、買って読んでみたところ、やっぱり敷居の高さばかりに気を取られています。
文学の道は本当に遠い。読んだことない本ばかり。ラノベとか読んでる場合じゃない、なあんて気持ちになったりしますよ、そりゃあね。歴史の風雪に耐えて来たものが無条件に良いなんて思っちゃいませんけど。
位置: 25
明治の末期にフランスから帰朝した永井荷風が、蕪雑な薩長の田舎武士の手で江戸文化の蹂躪されたのを嘆いた名文が「監獄署の裏」や「新帰朝者日記」のうちに見られます。
棒鱈だね、まるで。当時はそういう潮流があったんでしょうね。百川とかね。田舎もんをけなす潮流がね。
位置: 50
同じ古典という中にも源氏物語や近松、西鶴、上田秋成などは、その当時でも違和感なしに親しむことが出来ました。しかし馬琴となると駄目なのです。唯もう現在通用しなくなった当時の倫理道徳の誇張した表現ばかり気になって、文学の内部に必ず存在すべきアウトサイダー的な抵抗がどこにも見られないのが愚かしくばかり思われたのです位置: 57
源氏や近松の場合だったら、堂々と愛読書として挙げられたのに馬琴については口にする勇気がなくその癖、人眼を忍ぶ感じで、折にふれて八犬伝や弓張月に読み耽っていたのです。言わば、馬琴は私の恥部のようなものでした。馬琴にとっては、迷惑千万な話ですが、今更、自分をとり繕ってみたところで仕方がありません。馬琴の場合には、大言壮語しているいかさま師を肉親に持ったような気持ち、歌舞伎の場合には私自身のうちにもある東京人の溝臭い下卑た気質がはなばなしい色彩に塗りくるめられているようで厭だったのです。
さすがに綺麗な文章をお書きになる。「大言壮語しているいかさま師を肉親に持った気持ち」分かるような心持ちがしますね。
位置: 154
た。江戸言葉では得体の知れない化物のことを「ももんがあ」と云いますが、私がその頃実感したお化けは魑魅魍魎というより正にこの「ももんがあ」だったのです。
はっぴいえんどだね。
位置: 97
八代目団十郎が江戸中の人気を一身に集めていた頃、「与話情浮名横櫛」の書き下ろしで、切られ与三郎を演じ、源氏店の場で顔に傷跡のある水の垂れるような美男が藍微塵の袷を着て出たのが、大評判になって、呉服屋で藍微塵が飛ぶように売れたことがありました。私の祖母の兄もそれを買って来て、祖母に縫ってくれと言ったので、「あんな堅い人でも藍微塵を着たがるのか」と今更、八代目の魅力に感嘆したといいます。
まだ序盤ですが、引用したいものがたくさん。八代目団十郎の話とか、実感篭ってますもんね。いまのマニュファクチャリング全盛時代と服の値段も違うでしょうが、ファッションの流行自体は全然かわらんもんね。
おばあちゃんも昔話って感じね。
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