カタルシス満載。
彼女たちがどんな挨拶を述べたのか、石神はろくに覚えていない。だが二人が彼を見つめる目の動き、瞬きする様子などは、今もくっきりと記憶に焼き付いている。
花岡母娘と出会ってから、石神の生活は一変した。自殺願望は消え去り、生きる喜びを得た。二人がどこで何をしているのかを想像するだけで楽しかった。世界という座標に、靖子と美里という二つの点が存在する。彼にはそれが奇跡のように思えた。
日曜日は至福の時だった。窓を開けていれば、二人の話し声が聞こえてくるのだ。内容までは聞き取れない。しかし風に乗って入ってくるかすかな声は、石神にとって最高の音楽だった。
彼女たちとどうにかなろうという欲望は全くなかった。自分が手を出してはいけない ものだと思ってきた。それと同時に彼は気づいた。数学も同じなのだ。崇高なるものに は、関われるだけでも幸せなのだ。名声を得ようとすることは、尊厳を傷つけることに なる。
このオタクの低い自己肯定感とか、突き詰めた考え方とか、とても好きですね。
オタクあるあるかもしれないけど、本当にこういう風に考える時があります。ゼロか百しかないんですよ、我々には。
「君にひとつだけいっておきたいことがある」湯川はいった。
なんだ、というように石神が彼を見返した。
「その頭脳を……その素晴らしい頭脳を、そんなことに使わねばならなかったのは、とても残念だ。非常に悲しい。この世に二人といない、僕の好敵手を永遠に失ったことも」
石神は口を真一文字に結び、目を伏せた。何かに耐えているようだった。
ここもいいですね。バドミントン部のエースから好敵手と指名されるオタク。いいじゃないですか。
そして最後の嗚咽のシーン。ここも涙なくて読めないところ。すきだなー。
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