戦前の日本へのそこはかとない憧れが随所に合って気持ち悪いです。
p130
生徒達はもう小田桐 と将校には注意を払っていなくて、男子は新しい地対空ミサイルについて、女子はワカマツというヒアニストについて、それぞれ喋っている。こいつらはそういう間抜けではない、地下で暮らしているせいで顔色はみんな白いが筋肉のつき方が間抜けの代表とは違う、身長は 平均だろう、だが肩とか尻とか脚の筋 肉がよく発達してしかも締まりがある、女子も同じだ、 手足がしなやかで手首や足首がキュンと締まっている、全員がスポーツの代表選手のようだ、 先生にちくるのを生きがいにしている間抜けの代表のクラス委員は大体からだつきが変だった、キャバレーのボーイみたいに尻が小さくて蹴りを入れると折れそうな腰をしているか、 スポンジや風船みたいなブヨブヨの、締まりのない肉の持ち主だった、養殖魚とかブロイラーとかそういう類の肉だ、ごくまれに、学年に一人いるかどうかという割合で、まったく別のタイプがいた、放っといても勉強ができて、脚が速く、不良のグループにも平気でオハヨウと声をかけてくるような奴だ、先生にくってかかることもあるし、冗談もうまい、そういう奴は手に負えなかった、集団でしめにかかっても決して屈しないし、そのうちこっちがみじめな思いに陥ってしまう。こいつらは、と小田桐は次の発着スペースで降りていった生徒達を見て思った。全員、その手に負えないタイプなのだ。中学生ですか? と小田桐は将校に聞いた。
「国民学校中等部の生徒達だ」
と、将校は答えた。
現代のブヨブヨ学級委員へのヘイトの一方、戦前の体制で育まれた国民学校中等部の学生には好意を丸出しにする。戦前バンザイな感じがやっぱり肌に合いません。そして、どことなく村上ドラゴンの文章に流れる「本当に強いものに巻かれたい」精神が気に食わないんですね。人間は従属したい生き物、とはどこかで誰かが言っていましたが、彼の文章からはマッチョな考えと、それと同居する人には言えない隷属願望が香り立つような気がするんですね。
p135
なぜ当時の日本人は、生命を大切にしなかったのでしょう。また、なぜそれほどまで に「無知」だったのでしょう。
それは、それまで本当の民族的な危機というものを体験したことがなかったからです。ま わりを海で守られていたために、他の民族と戦うことがなかったので、他の民族や国を理解 することがいかに大切かを学ぶことができませんでした。そして、生命というものはそれを 積極的にそんちょうしなければ守れないものだということも学ぶことはできませんでした。
もし、本土決戦を行なわずに、沖縄をぎせいにしただけで、大日本帝国が降伏していたら、 日本人は「無知」のままで、生命をそんちょうできないまま、何も学べなかったかもしれま せん。
だから降伏しなきゃよかった、とかそういう単純な話ではないんでしょう。
しかし、猛烈に現代の、もしくは現代人への不満が現れています。そんなに嫌なんでしょうね、筆者は。筆者を取り巻く環境が。
p151
マッザワ少尉が小田桐にそう聞いた。ええ、と小田桐は軽くうなずいただけですぐに目をそらした。まともに顔を合わすことができなかった。整った顔立ちだが、思わず振り返って しまうような美しさではない。それなのに妙に胸が騒いだ。制服のせいでもなく、マツザワ少尉の態度が恐ろしく自然でまともなために、逆に強烈に女を感じてしまうのだ。化粧や、喋り方や一つ一つの仕草に、女の属性や特性を強調したり、媚を示すところがまったくないので、逆に種としてのメスだけが持つ柔らかな何か、感触や匂いや分泌物などを抽象化した何かが漂ってきた。
原節子とか高峰秀子がイメージですかね。おそらく村上龍さんもそのあたりをイメージされて描かれたんじゃないかしら。逆に匂い立つ色気というのはわからないでもない。メスだけが持つ柔らかな何か、なんて谷崎的ですね。
そういうのに憧れる気持ち、あります。
p154
小田桐は、そうです、と声を出して答えた。マツザワ少尉が、なるほど、という顔で二人 を見ている。小田桐は相変わらずまともに彼女を見られなかった。表情の一つ一つが、スプ ーンを握るマニキュアのない指の一本一本が魅力的で、なまめかしかった。こんな女とだっ たら、と小田桐は思っていた。公園を散歩してベンチに座って話をするだけで満足してしまうだろう。
「そんなことをしたら、ゲリラではなくなってしまう、その時点で、死んでしまうのと変わりはない」
そう答えた後、ヤマグチはマツザワ少尉の方を向いて言った。
「すまないが、ソースを取ってくれ」
ヤマグチは薄焼き卵の表面にソースを数滴垂らしケチャップと混ぜ合わせて、おいしそう に二、三口食べた。
マツザワ少尉が笠智衆で再生されてしまう。
それとは関係ないけど、オムライスうまそうですね。
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