『三体』感想 設定に入り込むまで時間がかかった

ようやく読めました。評判がやたら良いもので。

物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。

数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体〈科学フロンティア〉への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象〈ゴースト・カウントダウン〉が襲う。そして汪淼が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?

ゴリゴリのハードSFでした。イーガンかと思った。全然軽くない。
あたくしも、世界観に入るまでに少し時間が必要でした。

導入の世界観が分かってからは、わりと楽しく読めました。そういう意味じゃ、相関図を片手に再読するヨロシか?

1 狂乱の時代 1967年、中国

位置: 181
琳、おまえはほんとうに聡明すぎた。早くも数年前には、学界の政治的な風向きが変わったことを察知して、行動を先どりしていた。たとえば、授業で使う物理法則や定数の名前を変えた。オームの法則を抵抗法則、マクスウェルの方程式を電磁方程式と呼び変え、プランク定数を量子定数と呼んだ……。おまえは学生たちにこう説明した。すべての科学的成果はすべての労働者大衆の知恵の結晶であり、資産階級の学術権威は、そうした知恵を盗んだだけだ、と。

恐ろしい風見鶏力。やっぱ風を読む力ってのは、すごい大切だね。日本じゃ空気ってんだろうか。

しかし、こういう西側にとってフラットにみえる記載って中国で問題になったりしないのかね。

位置: 204
アインシュタインはお義父さんの答えを聞いたあと、また黙ってしばらくそこに立っていた。そして労働者ののろい動作をじっと見つめたまま、手にしていた煙草の火が燃えつきるまで、一度も吸おうとしなかった、と。お義父さんはこのことを回想してから、わたしにこう嘆いた。中国では、どんなにすばらしい超越的な思想もぽとりと地に落ちてしまう。現実という重力場が強すぎるんだ、と。

なんか、本当に言ってそうなの面白いね。ユーモアもある。

位置: 222
「思想が実験を導くべきか、それとも実験が思想を導くべきか?」葉哲泰がたずねた。突然の反撃に、批判者たちは一瞬、言葉をなくした。

いや、まじで。日本でも陰謀論が散見されますが、中国でも国家単位でそうなのかしら。思想が先に立っちゃいかん、とあたくしなんぞは思いますがね。素人ながら。

3 紅岸(一)

位置: 657
楊衛寧が初めてわが家に来た日のことはいまもはっきり覚えている。あの日、楊衛寧は大学院に合格した直後で、指導教官である父に研究課題の方向性について相談しにきたのだった。楊衛寧は、実験や応用を研究課題にしたい、基礎理論からはできるだけ離れたいと希望していた。そのときの父の発言も覚えている。「反対はしないよ。ただ、わたしたちの専攻は、どのみち理論物理学だ。きみがそんなふうに希望する理由はなんだね?」それに対して、楊衛寧は、時代に身を委ねたい、目に見えるかたちで貢献したいと答えた。そこで父は、「理論は応用の基礎だ。自然の法則を発見することこそ、時代に対する最大の貢献じゃないかね」と言った。楊衛寧はとまどったような顔になり、とうとう本音を打ち明けた。「理論の研究は、思想上の過ちを犯しやすいからです」この答えを聞いて、父親は黙り込んでしまった。

まったく楊衛寧の考え方というのには非難すべき場所がないね。
自分もきっとこう答える側だな。

6 射撃手と農場主

位置: 1,174
── 射撃手 と 農場主。
〈科学フロンティア〉の学者たちは、議論のさい、しばしばSFという略語を使う。これはSF小説を指すのではなく、このふたつの単語の略だ。宇宙の法則の本質を説明するふたつの仮説、射撃手仮説と農場主仮説を意味している。
射撃手仮説とはこうだ。あるずば抜けた腕をもつ射撃手が、的に十センチ間隔でひとつずつ穴を空ける。この的の表面には、二次元生物が住んでいる。二次元生物のある科学者が、みずからの宇宙を観察した結果、ひとつの法則を発見する。すなわち、〝宇宙は十センチごとにかならず穴が空いている〟。射撃手の一時的な気まぐれを、彼らは宇宙の不変の法則だと考えたわけだ。
他方、農場主仮説は、ホラーっぽい色合いだ。ある農場に七面鳥の群れがいて、農場主は毎朝十一時に七面鳥に給餌する。七面鳥のある科学者が、この現象を一年近く観察しつづけたところ、一度の例外も見つからなかった。そこで七面鳥の科学者は、宇宙の法則を発見したと確信する。すなわち、〝この宇宙では、毎朝、午前十一時に、食べものが出現する〟。科学者はクリスマスの朝、この法則を七面鳥の世界に発表したが、その日の午前十一時、食べものは現れず、農場主がすべての七面鳥を捕まえて殺してしまった。

なんの例えだろう。しかし、インパクトがすごい。
どこか自分たちへの冷笑的な感じがあるよね。

18 オフ会

位置: 3,888
この発言は、やはり、潘寒を沈黙させる結果になった。彼は意味ありげな目で、参加者ひとりひとりを見定めるように見つめた。そして、軽い口調でたずねた。「もし三体文明が人類世界を侵略してきたら、みなさんはどう感じますか?」
「うれしいだろうな」はじめに若い記者が沈黙を破って答えた。「この数年に見てきたことで、ぼくは人類に失望している。人類社会にはもう、自己改革するだけの力がない。外部の力による介入が必要なんだ」
「賛成!」女流作家が大きな声で叫んだ。たまりにたまった感情のはけ口がやっと見つかったというふうに、興奮をあらわにしている。「人類は最低よ。わたしは、文学というメスで人類の醜さを暴くことに半生を費やしてきた。いまはもう、暴くことさえうんざり。三体世界がほんとうの美をこの世界に持ち込んでくれることを心から願う」

うーん……なんかちょっと雑な気もしますね。
ゲームにそこまでの熱狂を持ち込めるか。

あんまりリアリティを感じません。

21 地球反乱軍

位置: 4,245
潘寒はしばし言葉につまった。文潔が次の議題に移ったことにほっとしているわけではなさそうだった。「わたしは……総帥に、自分は降臨派であるとはっきり宣言していただきたいのです。けっきょくのところ、降臨派の綱領はあなたの理想でもあるのですから」
「では、その綱領をもういちど言ってみなさい」
「人類社会はもはや自分の力では問題を解決することができず、自分の力でその狂気を律することもできない。それゆえわれわれは、主がこの世界に来たり、その力によって人類社会を強制的に監督し、矯正し、まったく新しい、正しく善なる人類文明を創造することを願う」
「降臨派はこの綱領を信じていますか?」

陰謀論じみた、変に没入できない感覚があるんですよね。なんなんだろう。

23 紅岸(六)

位置: 4,617
ディスプレイ上で輝くグリーンの文字を見て、文潔はまともにものを考えられなくなった。衝撃と興奮で頭の回転が鈍り、なんとか理解できたのはひとつだけだった。すなわち──わたしが太陽に向かってメッセージを送信してから、まだ九年も経っていない。ということは、この情報の発信源は、地球から四光年くらいしか離れていないことになる。だとすれば、可能性はひとつしかない。太陽系にもっとも近い恒星系──三重星系として知られる ケンタウルス座アルファ星系 だ。

ふむ。実に面白いですね。
ここらへんの記載にはぐっとくる。光年を使って距離を測る。当たり前だけど発想のスケールを感じます。

26 だれも懺悔しない

位置: 4,976
文潔の記憶の中で、人生のこの時期はまるで他人事のようだった。ひとひらの羽毛が家の中に舞い込むように、見ず知らずの他人の人生のひとコマが、自分の人生に舞い落ちてきた気がした。この時期のことは、一連の古典的な絵画のように記憶されていた。なぜかそれは、水墨画ではなく、西洋の油絵だった。中国画には多くの空白があるが、斉家屯での生活には空白がない。古典的な油彩画と同じく、絵具をこってりと分厚く濃密に塗り込められて、すべてが温かく色濃かった。

物語も小休止。ここで読者も一息つくんじゃないかな。見事。

位置: 5,145
文潔には、とうとう、揺るぎない理想ができた。それは、人類世界に、宇宙の彼方から、より高度な文明を招き入れることだった。

なんということでしょう。もはや征服されたがるという。
あんまりこの辺り、わかんねえっすね。

27 エヴァンズ

位置: 5,235
いつか、人類が食糧を合成できるようになる日が来る。そのずっと前から、イデオロギー的にも、理論的にも、きちんと準備しておく必要がある。実際、種の共産主義は、人権宣言の自然な延長と言える。フランス革命から二百年も経つのに、われわれはまだ、そこから一歩たりとも踏み出せていない。このことからも、人類という種のエゴと虚偽がわかる」

フランス革命から、ってのは何となく分かります。同じ感覚がありますね。

28 第二紅岸基地

位置: 5,357
だ。「人類の専制を打倒せよ!」  波音とパラボラアンテナが風を切るうなりに合わせて、三体協会の戦士たちがいっせいに声高に叫ぶ。 「地球は三体世界のもの!」

SFやなぁー!っていう。気持ちいい。

29 地球三体運動

位置: 5,362
こんなにも多くの人々が人類文明に絶望し、みずからの属する種に憎しみと 叛意 を抱き、自分とその子孫を含む人類すべてを滅亡させることを最高の理想とさえしている──この事実は、地球三体運動の持つもっともショッキングな面である。
地球三体協会 は、精神的貴族の組織とも言われている。メンバーの多くは高い知識階級に属し、政済界のエリートも相当数含まれているからだ。三体協会は一般庶民の会員を増やそうとしてきたが、そうした試みはことごとく失敗に終わっていた。一般庶民は、人類の暗黒面を、知識階級ほど深くは認識していなかった。もっと大きな理由としては、彼らの考えは現代科学と哲学にほとんど影響されていないため、みずからの属する種に対し、ゆるぎない本能的な共感を持っている。ゆえに、人類すべてを裏切るなど、彼らにはとても考えられないことだった。
しかし、知的エリートたちの場合は事情が違う。彼らの多くは、すでに人類以外の視点からの問題を考えはじめていた。ついに人類文明の中から、強い疎外の力が発生したのである。

あたくしがリアリティを感じないのは精神的貴族ではないから、なのかしら。自分で自分の種を殺すような、ある意味優生思想的な、そんなものを希求するようになるのかしらね。

位置: 5,386
降臨派は、ETOのもっとも純粋かつ原理主義的な派閥であり、主に、エヴァンズの唱える〝種の共産主義〟の信奉者によって構成される。その理想はシンプルで単純だ。すなわち、人類文明を滅ぼすことである。彼らは人類の本性に徹底的に絶望している。

絶望している人間が団結して自殺したがるか、ってことですな。しかし恐ろしい話や。

位置: 5,394
救済派は、ETOが誕生したあと、相当の時間が経過してから勃興した派閥である。その本質は一種の宗教団体であり、三体教の信者で構成されている。
地球外文明には、高度な知識階級の人間を強く惹きつける力があり、彼らはそうした異星文明に対し、美しい幻想をたやすく抱くことになった。

偉大な文明に対し、幻想を抱くというのはありそうな気はします。しかし、人間というのはこうも不安定なものなのかしら。ありそうだけど怖い話だ。

位置: 5,417
救済派となったメンバーの大部分は、ゲーム『三体』を通じて三体文明を知り、最終的に地球三体協会に加わった。ゲーム『三体』は、救済派のゆりかごであると言ってもいいだろう。

このあたり、先に知ってから読みたかったね。序盤、知らずに読んでたけどあんまり頭に入ってこなかった。

位置: 5,443
人類文明そのものの欠陥がもたらした疎外の力、より高度な文明への憧れと崇拝、最終戦争後も子孫たちを生存させようとする強烈な本能的欲望、この三つの強大な力によって地球三体運動は急速に成長し、それが注目されたときにはすでに、 燎原 の火のごとき勢いを持っていた。

うーむ、だいぶSFぽくなってきた。

32 監視員

位置: 6,068
「おまえが憧れるようなタイプの文明は、かつて三体世界にも存在したことがある。彼らは民主的で自由な社会を築き、豊かな文化遺産を残した。おまえたちはそれについてほとんどなにも知らない。彼らの文化のほとんどは封印され、閲覧を禁止されているからだ。三体文明の全サイクルの中で、そういうタイプの文明がもっとも脆弱で、もっとも短命だった。それほど大きくもない乱紀の天災ひとつであっさり滅亡した。おまえが救いたいと思う地球文明を見るがいい。あの永遠の春のような美しい温室で甘やかされて育った社会が、もし三体世界に移植されたら、百万時間も生き延びられまい」
「その花はか弱いかもしれませんが、このうえなく華やかで美しいものです。穏やかな楽園で、自由と美を享受しています」

三体世界のほうが真実、ってね。

34 虫けら

位置: 6,694
地球人を虫けら扱いする三体人は、どうやら、ひとつの事実を忘れちまってるらしい。すなわち、虫けらはいままで一度も敗北したことがないって事実をな」

次回へ続く、って強烈なメッセージだね。

訳者あとがき/大森望

位置: 6,755
著者がほぼ同世代のSFファンとあって、国の違いを超えてものすごくよくわかる部分がある一方、英語圏や日本のSF作家には絶対に書けない、驚くべき蛮勇の産物であることもまちがいない。いやもう、とにかくすごいんだから!

その凄さ、あんまり初読では理解しきれんかった。映像化されないかしらね。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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