『ねじまき鳥クロニクル』で気が触れてるのは主人公の方って可能性はないの?

結構やっていること恐怖ですよね。

p321
君は僕にすべてを忘れてほしいと言う。自分のことはもう放っておいてもらいたいと言う。でも、それと同時に君はこの世界のどこかから僕に向かって助けを求めている。それは、とても小さな遠い声だけれど、静かな夜には僕はその声をはっきりと聞き取ることができる。それは間違いなく君の声だ。

ストーカーの発想ですよね。あかんやつ。いや、最後の最後まで、この主人公の行動が意味不明なんですよ。正しいことをしているという信念しか感じないというか。客観性とかがまるで無い。本当の悪意は彼なんじゃなかろうか。

p335
いずれにせよ当時の帝国陸軍の将官で、石原ほど兵問題に強い関心を持ち、また造詣の深い人物はいなかった。たいていの軍人は兵站そのものを「女々しい」発想 として捉え、たとえ整備は足りずとも身を捨てて果敢に戦うことが陛下の軍人の道で あり、貧弱な装備と少ない人員で強力な相手に向かい、戦果をおさめることが真の武
勲であると考えていた。「兵站の追いつかないほどの速さで」敵を駆逐して前進するのが名誉と見做されていた。優秀なテクノクラートである綿谷ノボルの伯父からすれば、そんな馬鹿げた考えはない。兵站の裏付けなしに長期的な戦争を始めるのは自殺 行為に等しい。

かといって、急に兵站の話をしたり。そしてここでも綿谷ノボルの伯父の正しさが強調される。やっぱり間違っているのはオカダトオルでは?

p337
彼はいつものように 「客」を運んでくる。僕と「客」たちはこの顔のあざによって結びついている。僕は このあざによって、シナモンの祖父(ナッメグの父)と結びついている。シナモンの祖父と間宮中尉は、新京という街で結びついている。間宮中尉と占い師の本田さんは 満州蒙古の国境における特殊任務で結びついて、僕とクミコは本田さんを綿谷ノボルの人の家から紹介された。そして僕と間宮中尉は井戸の底によって結びついている。間宮中尉の井戸はモンゴルにあり、僕の井戸はこの屋敷の庭にある。

なにかつながっているようでいて、実は何もつながっていないようにしか考えられない。被害妄想、誇大妄想ではなかろうか。客観的に間宮中尉とオカダトオルの井戸の底が継っているわけがあるか?

p407
シナモンは僕と綿谷ノボルの会話をモニターしていたに違いない。また何日か前の 僕とクミコの会話も、同じようにモニターしていただろう。おそらくそのコンピュー ターに起こったことで彼の知らないことはないのだろう。そしてシナモンは僕が綿谷 ノボルとの会話を終えるのを待って、「ねじまき鳥クロニクル」という物語を僕の前 に示したのだ。それが偶然やその場の思いつきでないことは明らかだ。シナモンはは っきりとした目的を持って機械を操作し、その物語のひとつを僕に見せようとした。 また同時にそこに長大な物語群が存在する可能性を僕に示唆した。

そうかもしれない。あるいはまったくそうでないかもしれない。なんて。詭弁。そして誇大妄想。シナモンはなぜその物語をオカダトオルの前に示したのか。動機がわからない。あざとか野球のバットとか、なんなんだ?繋がっているように思うのは我々読み手の陶酔ではないのか。

p553
完璧なスイングだった。

そして「やるべきこととして」男をバットで殴り殺すんですな。完全に発想がイかれてる。違いますか?

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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