『ねじまき鳥クロニクル』の仮縫いって?

下巻に入り、いよいよ物語は変な方向に進んでいきます。

p13
前からずっとねじまき鳥さんに手紙を書こう書こうと思っていたのだけれど、実は れじまき鳥さんの本当の名前がどうしても思いだせなくて、それでついつい書きそび れていたのです。だって世田谷区***2丁目「ねじまき鳥様」じゃ、いくら親切な 郵便やさんだって手紙は届けてくれないものね。たしか最初に会ったときにねじまき 鳥さんは私にちゃんと名前を教えてくれたはずなんだけれど、それがどんな名前だっ たかすっかり忘れてしまっていたの(だってオカダ・トオルなんて二、三回雨が降っ たらもう忘れちゃうような名前だものね)。でもこのあいだ突然、ちょっとしたきっ かけがあってはっとそれを思いだしたのです。

人を興味で殺そうとした女性が、急にこんな子供っぽい手紙を書く。その落差がまず受け止められません。いくらなんでも、やっていいことと悪いことって区別がつくでしょ。笠原メイ怖い。

p55
「名前はないんですね?」
 女は初めて微笑んだ。それから静かに首を振った。「だってあなたに必要なのはお 金でしょう。お金には名前なんてあるかしら?」
 僕も同じように首を振った。もちろん金には名前はない。もし金に名前があったな ら、それは既に金ではない。金というものを真に意味づけるのは、その暗い夜のよう な無名性であり、息をのむばかりに圧倒的な互換性なのだ。
 彼女はベンチから立ち上がった。「四時に来られるわね?」 「そうすればお金が手にはいるんですか?」 「どうでしょうね」、微笑みは風紋のように彼女の目のわきに漂っていた。女はまわ りの風景をもう一度眺め、スカートの裾を形式的に手で払った。

息を呑むばかりに圧倒的な互換性、スカートの裾を形式的に手で払う、どちらも文学的。芸術的。時折こういう表現をするから困る。圧倒的にヘンな人格が村上さんの中に潜んでいるように思えて仕方ない。

p162
船客の何人かは緊張から説かれてその場に座り込んで声を上げて泣いたが、大部分の人々は泣くことも出来なかった。彼らはそれから何時間も、あるものは何日も、完全な放心状態に陥っていた。彼らの肺や心臓や背骨や脳味噌や子宮に鋭く突き刺さった長く歪んだ悪夢の棘は、いつまでもそこから抜け落ちなかった。

圧倒的な悪意や暴力を目の前にすると、人間ってそうなるよね。これは体験した人にしかわからない。村上さんも体験したのだろうか。

p253
そしてひとつのこぶりの部屋を仮縫いのための部屋にあてた。顧客たちはその仮縫い部屋に通され、ソファーの上でナツメグに「仮縫いされる」ことになった。

謎の仮縫い。なにこれ。オカダトオルにとってはアザを舐められることのようだけど。金持ちのマダムに限ってやりたいこと、ってなんだ?性的なことと無縁ではなかろうが、とはいえ直接性的なこととも考えにくい。なんなの?

p267
つまり私に はあざのないねじまき鳥さんで十分なんだ、ということかしら……。でもきっとこれ だけじゃ何のことだかわからないわよね。 ねえねじまき鳥さん、私はこう思います。そのあざはあなたに何か大事なものを与えてくれるかもしれない。でもそれは何かをあなたからうばっているはずです。見返りみたいにね。

おい、笠原。なんのことだかさっぱりわからん。どういうことだ?

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