密室ミステリといえばカーター・ディクスン。
その代表作らしいので読んでみました。
被告人のアンズウェルを弁護するためヘンリ・メリヴェール卿は久方ぶりの法廷に立つ。敗色濃厚と目されている上、腕は錆びついているだろうし、お家芸の暴言や尊大な態度が出て顰蹙を買いはしまいかと、傍聴する私は気が気でない、裁判を仕切るボドキン判事も国王側弁護人サー・ウォルターも噂の切れ者。卿は被告人の無実を確信しているようだが、下馬評を覆す秘策があるのか?
勝手ながらカーター・ディクスンといえば、トリックだと思っていたのですが、この本についていえば、トリックは、まぁ、箸休め的な印象を受けました。
むしろ、この本の読みどころは手に汗握る法廷シーン。
狡猾なおじいさんが息もつかせぬテンポで執拗に弱みを指摘し続けるのです。
これが楽しい。
H・Mは口から葉巻を離してじっと見た。
「そうじゃな……まだお前さんを巻き込みたくないから、なし、と言っておこう。わしの使いだといって、これから書く手紙をメアリ・ヒュームに渡してくれればいい。嬢ちゃんが事件のことを話したいと言ったら、構わん、相手になってやれ。お前さんはどうせ大したことは知っておらんからな。ほかの奴につかまったら、遠慮なく出任せを聞かせてやれ。謎めいた不安な雰囲気を醸すのも悪くはない。だが、ユダの窓という言葉を口にしてはならんぞ」
at location1181
いいですねぇ。「だが、ユダの窓という言葉を口にしてはならんぞ」という最後のひとフレーズが物語を面白くさせます。
このH・M(ヘンリ・メリベール)は探偵役をこなしながら法廷弁護士として機能しているという、よく考えると不思議な役割。しかし、逆転裁判なんか、このパターンですな。
だから、推理から犯人を追い詰めるのまで、すべてやる。
これが話を面白くしている大きな要素でしょう。
また、このH・Mの風貌も面白いですな。
偏屈な爺さんで、ハゲでデブ。そして鼻眼鏡。
これでキレキレの推理と圧倒的なパフォーマンスを法廷でみせるわけで、その絵の面白さったらないですよ。
なかなかカーター・ディクスンさん。魅せますよね。
裁判官が写真を見ている間、法廷にみなぎる静寂は今にも決壊しそうな堰を思わせ、沈黙の響きとなって聞こえそうなほどだった。証人はこの瞬間どんな気持ちでいるのだろうか。法廷中の目という目が一度は彼女に注がれ、今とは異なる身なりの――というより一糸まとわぬ彼女の姿態をめいめい思い描いていた。サー・ウォルターからは、異議の申し立てを含め発言は一切なかった。
at location 2685
文章もいい。翻訳のテンポがよくてね。
品があります。こういう文章はどうやったら書けるのかしら。
最後についていた解説も素敵。
翻訳者の高沢治氏が、「本作品のメイントリックは、犯行の要ではあるでしょうが作品を楽しむ上では核心でも何でもありません」(〈ミステリーズ!〉71号)と書いておられるのは、けだし名言である。 本書の密室トリックをめぐっては毀誉褒貶相半ばしている。Locked Room Murders(1979, 1991)の著者ロバート・エイディのように、密室ミステリの最高峰、と絶賛する人もいれば、ダグラス・G・グリーンのように、その実現性に疑問を呈する人もいる(『ジョン・ディクスン・カー 奇蹟を解く男』John Dickson Carr: The Man Who Explained Miracles, 1995)。尤も、グリーンもカー夫人クラリスの、カーが本書のトリックを何度も実験していた、という証言を紹介してフォローすることを忘れてはいない。 だが、高沢氏の言うとおり、本書の傑作たる所以は、その密室トリックにあるのではない。極めて特異な不可能状況を作り上げた密室トリックはたしかに奇抜なものだが、カーの本当のねらいは、犯人の正体を含む事件の真相――二重三重に織りなされ、錯綜した様々な企みにあるのではないだろうか。
at location 5376
いいですね。「けだし名言」なんて言ったことないなぁ。
この物語の鍵である「なぜ『ユダの窓』なのか」という点も読み応えがあって好き。
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