前に読んだのは多分10年以上前ですが、再読前の感想は「江夏の本」でした。
再読すると江夏というか阪神の本ですね。
[ぼくの記憶は80分しかもたない]博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた──記憶力を失った博士にとって、私は常に“新しい”家政婦。博士は“初対面”の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。寺尾聰主演の映画原作。
映画原作のアピール要らなくない?まぁ、いいんだけどさ。
十分に素晴らしいよ。
位置: 95
「君の電話番号は何番かね」
「576の1455です」
「5761455だって? 素晴らしいじゃないか。1億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」
いかにも感心したふうに、博士はうなずいた。
ある種の気質なんですかね。こういう、なんでもないことを自分のフィールドに手繰り寄せて安心するの。
この下りを読んで、昔、自分がダイエーホークスのファンだと言ったら父親が「中内功だ」と言ったのを思い出しますね。今思えば、父親なりに息子との接点をみつけようと必死だったのかもしれません。
位置: 244
「本当に正しい証明は、一分の隙もない完全な強固さとしなやかさが、矛盾せず調和しているものなのだ。たとえ間違ってはいなくても、うるさくて汚くて癇に障る証明はいくらでもある。分かるかい? なぜ星が美しいか、誰も説明できないのと同じように、数学の美を表現するのも困難だがね」
泥臭い証明は正しくないってか。
それはそれで、どうも神への信仰が篤すぎやしないかと思うんですな。
自然はそれほど人類を感動させるように出来ているわけじゃない。勝手に感動するのが人類だと思うんです。
位置: 418
すぐに息子は博士独自の歓迎方法に慣れ、それを喜ぶようになった。自ら帽子を脱ぎ、頭のてっぺんを自慢げに突き出し、自分がいかにルートにふさわしいかを示した。歓迎の言葉とともに、ルート記号の偉大さを讃えるのを、博士は決して忘れなかった。
博士が初めて、私の作った食事に手を合わせ、「いただきます」と言ってくれたのも、息子と三人で取った最初の夕食の席だった。
これを可愛いと思えるかどうか、今となっては疑問ですね。
博士は「いただきます」をいう必要を、息子がいなければ感じなかったんですな。
つまり「いただきます」を息子のためにやっている。それって良いことかしら。
10年前は思いもよらなかったかな。
位置: 424
「お腹を空かせた子供の前で、大の大人が一人だけパクパクものを食うなど、もってのほか。仕事が終わって、家に帰ってから作っていたのでは、ルートが晩ご飯にありつけるのは八時になってしまう。それはいかん。非効率的であるだけでなく、道理にも合わない。子供は八時には、もうベッドへ入っていなくちゃ駄目だ。大人には子供の睡眠時間を削る権利などありはしない。人類が誕生して以来、子供はいつの時代でも、眠っている間に育つものなのだ」
思い込みがすごい。
しかし男が母性愛に目覚めるとこうなりがちね。ある種自戒的に。
べき論で邁進しちゃうと迷惑なところもあるからね。
位置: 537
文章題であれ単純な計算であれ、博士はまず問題を音読させることからはじめた。
「問題にはリズムがあるからね。音楽と同じだよ。口に出してそのリズムに乗っかれば、問題の全体を眺めることができるし、落し穴が隠れていそうな怪しい場所の見当も、つくようになる」
これは本当にそう。
あたくしも小2に宿題させるときはまず問題文の音読から。
位置: 543
「うん、ちょっと難しいよ」
「確かに、今日の宿題の中では一番の曲者かもしれん。しかしさっき君は、実にうまく音読したね。この問題は三つの文章から成り立っている。ハンカチとくつ下が三回ずつ出てくる。×枚、×足、×円。×枚、×足、×円……この繰り返しのリズムを、的確につかんでいた。味気ないドリルの問題が、一篇の詩のように聞こえたよ」
褒め方がスマートだよね、博士。
いいんだ、こういうの。ぐっと来ちゃう。
「まるで一篇の詩のようだ」って言ってみたい。
位置: 665
「完全数だ」
「カンゼン、数」
揺るぎない言葉の響きを味わうように、私はつぶやいた。
「一番小さな完全数は6。6=1+2+3」
「あっ、本当だ。別に珍しくないんですね」
「いいや、とんでもない。完全の意味を真に体現する、貴重な数字だよ。 28 の次は496。496=1+2+4+8+16+31+62+124+248。その次は8128。その次は33550336。次は8589869056。数が大きくなればなるほど、完全数を見つけるのはどんどん難しくなる」
マジだ。すげぇ。
これから自分は6と28を篤く信仰します。
最新記事 by 写楽斎ジョニー (全て見る)
- 黒澤明監督作品『まあだだよ』感想 所ジョージがハマってる - 2024年9月24日
- 隆慶一郎著『時代小説の愉しみ』感想 こだわりの時代小説おじさん - 2024年9月22日
- 辻村深月著『傲慢と善良」』感想 でもモテ男とクソ真面目女の恋愛でしょ - 2024年9月17日