『スクラップ・アンド・ビルド』はあるある

あたくしとしては、結構リアルに感じられました。

「早う死にたか」毎日のようにぼやく祖父の願いをかなえてあげようと、ともに暮らす孫の健斗は、ある計画を思いつく。日々の筋トレ、転職活動。肉体も生活も再構築中の青年の心は、衰えゆく生の隣で次第に変化して…。閉塞感の中に可笑しみ漂う、新しい家族小説の誕生!第153回芥川賞受賞作。

評判を見ると賛否両論ですけどね。あたくしは素直に読めました。多摩の感じや老いに対する感情が、何となくシンパシー感じられるんですな。

位置: 139
「くそが……」
六時前に割勘で払ったホテルを出るとファミレスで夕食を済ませ、新宿三丁目にあるチェーンのカフェに入った。二階の窓側席はファミレスより景色や雰囲気もマシで、ここで亜美のありとあらゆる愚痴を聞いたりまた健斗自身もデカい話をしたりするのがいつもの定番コースだ。酒を飲まない女だから、金がかからない。会社員時代のわずかな貯金に加え、加齢黄斑変性の新薬を試す17泊の治験で稼いだ56万円があり、たまの単発バイトの稼ぎも入るため、七ヶ月間無職でも地味に遊ぶ金なら確保できている。

治験で稼いだ金でデートとか、なんか身に覚えがありますよ。
こういう停滞した環境というのは精神的に何らかの負荷がかかって大変窮屈なんですよね。

位置: 150
調布で京王本線から外れる京王相模原線は、漆黒の多摩川を渡って以降、窓からの景色が一変する。日中だと、緑と住宅地しか見えなくなる。

京王堀之内とかが舞台かな。
あたくしもこの路線を使っていたことがあるので、なんだか懐かしい。あの多摩地区全体に漂う新築感と老朽感は、住んでいた人間ならだれでもわかるんじゃないかしら。あの解放感と閉塞感の入り混じった感じが、この小説の中にはありますね。

位置: 154
カーディーラー時代、健斗は絶対に車を手放そうとしない何百人ものヨボヨボ老人たちを相手にしてきた。公共交通網が充実し車なしでも生活できる東京で、家電製品も満足に使いこなせないような彼ら彼女らは、車体にもみじマークもつけず自らの手でハンドルを操ることに執着するのだった

多摩も田舎ですからね。車社会。
どうしてか、車を所有したがる。アイデンティティのようなものかしら。あれ、なんなんでしょ。

位置: 163
体調がそれほど悪くない日は、寝たきり防止として日中に家の中をぐるぐる歩き自主的リハビリに励んだりもするが、ソファーやダイニングから台所までの二、三メートルの移動は本当に嫌がる。リハビリはよくて、実務としての歩行はだめなのだ。スポーツジムには行くが日常生活で階段は使わない人たちと同じだ。

老人のこの感じもわかるし、それをニヒルに見つめている感じもすごくよくわかる。斜に構えてるんですよね、社会に対して。あたくしもそう。それで損することもよく知ってる。

位置: 168
「健斗に甘えるな! 自分でくみに行け!」
「そげん怒らんでもよか……」
いかにも悲痛そうな小声で言った祖父を前に、母の眉間には皺が寄っている。血縁者故の際限ない甘えに、慢性的な苛つきは頂点に達しつつあるようだ。

身内が冷たい、ってね。あるんだ。本当に。
甘えてんのが分かるからね。都合のいいときだけ死にそうなふりするんですよね、老人も。

結局、どっこいどっこいなのだ。

位置: 243
「しかし健斗の言うことを本当に実現させるとなると、被介護者の動きを奪うのが一番現実的で効果的だろうな。時間はかかるけど」
「投薬増やすとかじゃなくて?」
「人間、骨折して身体を動かさなくなると、身体も頭もあっという間にダメになる。筋肉も内臓も脳も神経も、すべて連動してるんだよ。骨折させないまでも、過剰な足し算の介護で動きを奪って、ぜんぶいっぺんに弱らせることだ。使わない機能は衰えるから。要介護三を五にする介護だよ。バリアフリーからバリア有りにする最近の流行とは逆行するけど」

老人をなるべく甘やかして殺す。あくまで合法的に。
法の網をくぐるようなスリルと、長い目で見ると下らないその手法。小規模でいい。

この小さい、ごく小さい、器まで小さい話が、たまらなく愛おしく感じる。それはきっと、あたくしもごく小さい人間だからだな。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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