『それから』感想③ 読み手を試す本 #それから #夏目漱石

続き。兎に角登場人物の個性が際立つ。個性的な登場人物というよりは漱石によってよりソリッドになっている印象。

位置: 1,381
さうかと思ふと。時にトルストイと云ふ人は、もう死んだのかね抔と妙な事を聞く事がある。 今 日本 の小説家では 誰 が一番 偉いのかねと聞く事もある。要するに文芸には丸で無頓着で且つ驚ろくべく無識であるが、尊敬と軽蔑以上に立つて平気で聞くんだから、代助も返事がし 易い。

権威主義的、というんでしょうかね。とにかく力関係や有名・無名で物事を計る。無頓着で無識だが、質が悪いですな。

位置: 1,737
渡金 を 金 に通用させ様とする 切ない工面より、真鍮を真鍮で 通して、真鍮相当の侮蔑を我慢する方が 楽 である。と今は考へてゐる。

位置: 1,739
代助が真鍮を以て 甘んずる様になつたのは、不意に大きな狂瀾に捲き込まれて、驚ろきの余り、心機一転の結果を 来たしたといふ様な、小説じみた歴史を 有 つてゐる 為 ではない。全く彼れ自身に特有な思索と観察の力によつて、次第々々に 渡金 を自分で剝がして 来 たに 過ぎない。代助は此 渡金 の大半をもつて、 親爺 が 捺摺り付けたものと信じてゐる。其 時分 は 親爺 が 金 に見えた。多くの先輩が 金 に見えた。相当の教育を受けたものは、みな 金 に見えた。だから自分の 渡金 が 辛 かつた。早く 金 になりたいと 焦 つて見た。所が、 他 のものゝ 地金 へ、自分の眼光がぢかに 打つかる様になつて以後は、それが急に馬鹿な尽力の様に思はれ 出した。

分かるような分からんような。居島さんが先日ライブで「男の嫉妬ほど醜いものはない。己の道をただ歩くのみ」とおっしゃっていましたが、しかり。とかく陥り安い罠だけれども、他人と比較して気持ちをささくれ立つほど馬鹿らしいものもないですね。

位置: 1,782
君は世の中 を、 有 の 儘 で受け取る男だ。言葉を換えて云ふと、意志を発展させる事の出来ない男だらう。意志がないと云ふのは 噓 だ。人間だもの。其証拠には、始終物足りないに 違 ない。僕は僕の意志を現実社会に 働き掛けて、其現実社会が、僕の意志の 為 に、幾分でも、僕の思ひ通りになつたと云ふ確証を握らなくつちや、生きてゐられないね。そこに僕と云ふものゝ存在の 価値 を認めるんだ。

世の中に自分の功績を認めないと存在の価値を認められない、というこの男。成功体験に満ち、また成功を人間の価値の指針とするとこういう様になるんじゃないでしょうか。負けの多い人生を歩んだあたくしは、こういう輩が苦手です。

位置: 1,853
そりや今だつて、日本の社会が精神的、徳義的、身体的に、大体の上に於て健全なら、僕は依然として有為多望なのさ。さうなれば 遣る事はいくらでもあるからね。さうして僕の怠惰性に打ち勝つ丈の刺激も亦いくらでも出来て 来るだらうと思ふ。然し是ぢや駄目だ。今の様なら僕は寧ろ自分丈になつてゐる。さうして、君の所謂 有 の儘の世界を、有の儘で受取つて、其 中 僕に尤も適したものに接触を保つて満足する。進んで 外 の人を、 此方 の考へ通りにするなんて、到底 出来 た話ぢやありやしないもの――」

人生論だね。まさに。あたくしは代助に非常に共感します。根が臆病で遊民的なんでしょうな。高等になれないのが恥ずかしいですが。「いかにして生きるか」という問題なんですよ。平岡も昔は同じ土俵に立っていたのにね。
こういうこと、学生時代の友人には多々ありえますな。

位置: 1,898
「働 らくのも 可 いが、 働 らくなら、生活以上の 働 でなくつちや名誉にならない。あらゆる神聖な労力は、みんな 麵麭 を離れてゐる」
平岡は不思議に不愉快な 眼 をして、代助の 顔 を 窺 つた。さうして、 「何故」と 聞いた。
「何故 つて、生活の 為 めの労力は、労力の 為 めの労力でないもの」
「そんな論理学の 命題 見た様なものは 分らないな。もう少し実際的の人間に通じる様な言葉で云つてくれ」
「つまり 食 ふ 為 めの職業は、誠実にや出来 悪いと云ふ意味さ」
「僕の考へとは丸で反対だね。食ふ為めだから、猛烈に働らく気になるんだらう」
「猛烈には 働 らけるかも知れないが誠実には 働 らき 悪いよ。 食 ふ 為 の 働 らきと云ふと、つまり 食 ふのと、 働 らくのと 何方 が目的だと思ふ」
「無論 食 ふ方さ」
「夫れ見給へ。 食 ふ方が目的で 働 らく方が方便なら、 食 ひ 易い様に、 働 らき 方 を 合せて行くのが当然だらう。さうすりや、何を 働 らいたつて、又どう 働 らいたつて、構はない、只 麵麭 が得られゝば 好いと云ふ事に帰着して仕舞ふぢやないか。労力の内容も方向も乃至順序も悉く他から掣肘される以上は、其労力は堕落の労力だ」

そして仕事論へ。今だにこういう話をしますよ。仕事と人生と。とかく代助は物事をキレイに割りたがる。しかし、世の中はそうキレイに出来ていない。だからといってキレイに割れるように作るのも大人の役目であって、平岡に全てを同意はできない。

読んでいる方を試す、素晴らしい一冊ですね。続きます。

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