『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は後者だけでいい②

ハードボイルドワンダーランドは面白い、ちびとのやり取りなんか最高。

p271
私がそう言うと、ちびの顔が急激に赤くなり鼻孔が固く膨んだ。
「ドアのことはもう思いだすなって言ったよな?」と彼はとても静かに言った。それ から大男に向って同じ質問を繰りかえした。大男はそうだというように肯いた。とて も気の短かい男であるようだった。私は気の短かい人間を相手にするのはあまり好き ではない。
「我々は好意でここに来たんだ」とちびは言った。「あんたが混乱しているから、い ろいろと教えにきたんだ。まあ混乱しているという言い方が悪きゃとまどっていると 言いなおしてもいい。違う?」
「混乱し、とまどっている」と私は言った。「何の知識もなく、何のヒントもなく、 ドアの一枚もない」
ちびはテーブルの上の金色のライターをつかむと椅子に腰を下ろしたままそれを冷蔵
庫の扉に向って投げつけた。鈍い不吉な音がして、私の冷蔵庫の扉にはっきりとし たくぼみがついた。大男が床に落ちたライターを拾ってもとに戻した。すべてがもと の状態に復し、冷蔵庫の扉についた傷だけが残った。ちびは気持をしずめるようにコ ーラの残りを飲んだ。私は気の短かい人間を相手にすると、その気の短かさを少しず つ試してみたくなるのだ。

いい性格してるよ、ほんと。あたくしにそっくり。
これで何度かやらかしたことがある。でも性分なんだ。

この物語で一番好きなシーンかもしれない。

p288
大男は次にヴィデオ・デッキを持ちあげ、TVのかどにパネルの部分を何度か思い 切り叩きつけた。スウィッチがいくつかはじけとび、コードがショートして白い煙が 一筋、救済された魂みたいに空中に浮かんだ。ヴィデオ・デッキが破壊しつくされた ことをたしかめると、男はそのスクラップと化した器械を床に放りだし、今度はポケ ットからフラッシュ・ナイフをひっぱりだした。ぱちんという単純明快な音とともに、 鋭い刃があらわれた。それから彼は洋服だんすの扉を開け、ふたつあわせて二十万円 近くもした私のジョンソンズ・ボマー・ジャケットとブルックス・ブラザーズのスー ツを綺麗に裂いてしまった。
「そんなのってないぜ」と私は小男にどなった。「大事なものは壊さないって言ったじゃないか」
「そんなこと言わないよ」と小男は平然として答えた。「俺はあんたに、何が大事か ってたずねたんだ。壊さないなんて言わない。大事なものから壊すんだよ。そんなの 決まってるじゃないか」
「やれやれ」と言って私は冷蔵庫から缶ビールを出して飲んだ。そして小男と二人で、 大男が私の小ぢんまりとした趣味の良い2LDKを破壊しつくしていく様を眺めてい
た。

救いのない暴力に、やることがないので缶ビールを飲む感じ。ハードボイルドだね。いつの間にか「ちび」が「小男」になっているのもいい。ちょっとビビったんだね。わかるよ。

p317
「ところであのかわいそうなガス屋は本当は君たちが雇ったんだろう?」と私は訊い てみた。「それで、わざと失敗するようにして、僕が用心して頭骨とデータをどこか に隠すように仕向けたんだろう?」
「頭がいいね」と小男は言って、大男の顔を見た。「頭はそういう風に働かせるもんさ。そうすれば生き残れる。うまくいけばね」
 それから二人組は部屋を出ていった。彼らはドアを開ける必要もなく、閉める必要 もなかった。私の部屋の蝶番が吹きとんで枠がねじれたスティール・ドアは今や全世界に向けて開かれているのだ。

ギリギリの場面でも頭を回転させてかみつく感じ、ちょっとマーロウですよね。プライドを保ち続けて対峙する感じ、嫌いじゃないというか大好き。

p44
暗闇や蛭や穴ややみくろはもううんざりだった。私の体の中の
すべての臓器と筋肉と細胞は光を求めていた。どんなにささやかな光でもいい。どんなみじめな切れはしでもいいから懐中電灯の光なんかじゃないまともな光が見たかった。
 光のことを考えると私の胃は何かに握りしめられたように縮みあがり、口の中が嫌な臭いのする息で充ちた。まるで腐ったサラミ・ピツァのような臭いだ。
「ここを抜ければ好きなだけ吐かせてあげるから、もう少し我慢して」と娘が言った。 そして私の肘を強く握りしめた。
「吐かないよ」と私は口の中でうめいた。
「信じなさい」と彼女は言った。「これはみんな過ぎていくことなのよ。悪いことは かさなるものかもしれないけれど、いつかは終ることなのよ。永遠につづくことじゃ ないわ」
「信じるよ」と私は答えた。

後半。
ピンクの娘が超頼りになる。もうこの辺からピンクの娘に恋しているあたくし。いい女だよ。図書館の未亡人よりいいと思うんだがね。サンドイッチは最高だし。

信じるしかないじゃん、この人を。好きになっちゃうじゃん。そんなことになったら。
ストックホルム症候群みたいですけど。

p60
私は彼女がもう一度キスしてくれるかもしれないと思って暗闇の中でなんとなくじ っと待っていたが、彼女は私にはかまわずにするするとロープを上りはじめた。私は 両手で岩をつかんだまま、彼女のライトがふらふらと出鱈目に揺れながら上にのぼっ ていくのを見上げていた。それはまるで泥酔した魂がよろめきながらとっかえつっか え空に戻っていくような眺めだった。それをじっと見ていると私はウィスキーがひと くち飲みたくなったが、ウィスキーは背中のナップザックの中だったし、不安定な姿 勢のまま身をひねってナップザックを外し、ウィスキーの瓶をとりだすのはどう考えも不可能だった。それで私はあきらめて、自分がウィスキーを飲んでいるところを 頭の中に想像してみることにした。清潔で静かなバーと、ナッツの入ったボウルと、 低い音で流れるMJQの『ヴァンドーム』、そしてダブルのオン・ザ・ロックだ。カ ンターの上にグラスを置いて、しばらく手をつけずにじっとそれを眺める。ウィスキーというのは最初はじっと眺めるべきものなのだ。そして眺めるのに飽きたら飲むのだ。綺麗な女の子と同じだ。
 そこまで考えたところで、私は自分がもうスーツもブレザーコートも持っていない ことに気づいた。あの頭のおかしい二人組が私の所有していたまともな洋服をナイフ でぜんぶ切り裂いてしまったのだ。やれやれ、と私は思った。私はいったい何を着てバーに行けばいいのだ。バーに行く前にまず洋服を作る必要がある。ダーク・ブルー のツイードのスーツにしよう、と私は決めた。品の良いブルーだ。ボタンが三つで、 ナチュラル・ショルダーで、脇のしぼりこまれていない昔ながらのスタイルのスーツ。 一九六〇年代のはじめにジョージ・ペパードが着ていたようなやつだ。シャツはブル ー。しっくりとした色あいの、少しさらしたようなかんじのブルー。生地は厚め ックスフォード綿で、襟はできるだけありきたりのレギュラー・カラー。ネクタイは 色のストライプがいい。赤と緑。赤は沈んだ赤で、緑は青なのか緑なのかよくわか ない、嵐の海のような緑だ。私はどこかの気の利いたメンズ・ショップでそれだけ を揃え、それを着てどこかのバーに入り、スコッチのオン・ザ・ロックをダブルで注 文するのだ。蛭もやみくろも爪のはえた魚も、地下の世界で好きなように暴れまわれ ばいい。私は地上の世界でダーク・ブルーのツイードのスーツを着て、スコットラン ドからやってきたウィスキーを飲むのだ。
 ふと気がつくと水音は消えていた。水はもう穴から吹きあげるのをやめたのかもし れない。あるいは水位が高くなりすぎて、水音が聞こえなくなっただけなのかもしれ ない。しかしそれは私にとってはどうでもいいことのように思えた。水が上ってきた いのなら上ってくればいい。何があろうと生きのびょうと私は決意したのだ。

全然ブランドとか良くわからないけど、この部分も猛烈に好み。半分くらいしか言っていることは分からないけど、残りの半分にとても共感する。ここ、すべて脳内で語られたことですよね。てか妄想ですよね。
頭のピンクの娘がキスしてくれるかもしれない、ってこっそり待つところなんか、どうしようもないですね。良い。

p122
「そのことと世界が終ることとがどう関係しているのですか?」と私は質問してみ
た。
「正確に言うと、今あるこの世界が終るわけではないです。世界は人の心の中で終る のです」
「わかりませんね」と私は言った。
「要するにそれがあんたの意識の核なのです。あんたの意識が描いておるものは世界 の終りなのです。どうしてあんたがそんなものを意識の底に秘めておったのかはしら ん。しかしとにかく、そうなのです。

どんだけこの博士が優秀かしらんが、「とにかくそうなのです」と言われて「はいそうですね」とは思えない。己の意識の核にそんなものがあるということが想定のはるか範囲外です。納得しようがない。

最後まで読んでもここは分からない。そのままでいい、という人もいますが、あたくしはまだ引っかかってますね。物語としておかしい。

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