『銃・病原菌・鉄』 コロナ禍で読む人、爆増? 4

今回から下巻。

位置: 123
たとえば、英語には、音素が40個ほどあるが、われわれはアルファベット26文字でこれらの音素をすべて記述している。ということは、記述にアルファベットを使う言語では、英語もふくめて、一つの文字が複数の音素を表したり、ギリシア語やロシア語では一文字で表される音素が英語の「 sh」や「 th」のように複数の文字の組み合わせで表されることになる。
一つの文字が、そのままである意味を表すかたまり(単語)であることを表意文字といい、中国語の文字や、日本語の表記でよく使われる文字(漢字)がこれである。アルファベット表記法が世界各地に広がる前は、エジプトの象形文字、マヤの絵文字、シュメールの 楔形文字などをふくめ、表意文字で表記する手法がいまよりも広く用いられていた。

文字や文明の話になっていきます。この本の扱う範囲広すぎ。
むしろ今は表意文字が少ないんですね。アルファベットが席巻してるから、仕方がないか。

位置: 130
一つの文字が一つの音節を表す手法は、本書の読者にはもっともなじみがないかもしれないが、音節表記法とよばれるこの方法では、子音と母音からなる音節に、個別の文字を割り当てる(たとえば、英単語の「family」が「fa-mi-ly」の三音節を表す三つの文字で表記される)。音節表記法は、古代において多く見られた。ギリシアのミケーネ文明の線文字Bなども音節表記法を採用している。もちろん現在でも、音節表記法は残っている。日本で使われている「カナ文字」はその代表格であり、電報、銀行通帳、点字などは「カナ文字表記」をもとにしていることが多い。

我々の言語が主流ではないことを、普通は知りませんよね。
いや、誰だってそう。本は世界を広げてくれる。己が異質であることに意識的であることのほうが難しいですよ。

位置: 559
人類の技術の進歩は、そうした個人によって突然もたらされたようにも見える。ヨハネス・グーテンベルク、ジェイムズ・ワット、トーマス・エジソン、ライト兄弟。彼らはみな、生っ粋のヨーロッパ人かヨーロッパ系移民の子孫である。アルキメデスをはじめとする古代の天才たちもみなそうである。そういう天才は、ナミビアやタスマニアでは誕生しなかったのだろうか。人類の科学技術史は、類まれな天才たちが誕生した場所の偶然性によって左右されるものにすぎないのだろうか。

これは非常に面白いテーマですよ。偉人はなぜ、ヨーロッパ系ばかりなのか。

位置: 582
これらの事例は広く知られている。そしてわれわれは、著名な例に惑わされ、「必要は発明の母」という錯覚におちいっている。ところが実際の発明の多くは、人間の好奇心の産物であって、何か特定のものを作りだそうとして生みだされたわけではない。発明をどのように応用するかは、発明がなされたあとに考えだされている。また、一般大衆が発明の必要性を実感できるのは、それがかなり長いあいだ使い込まれてからのことである。しかも、数ある発明のなかには、当初の目的とはまったく別の用途で使用されるようになったものもある。飛行機や自動車をはじめとする、近代の主要な発明の多くはこの手の発明である。内燃機関、電球、蓄音機、トランジスタ(半導体)。驚くべきことに、こうしたものは、発明された当時、どういう目的で使ったらいいかがよくわからなかった。つまり、多くの場合、「必要は発明の母」ではなく、「発明は必要の母」なのである。

必要だから発明されるものはごく少数で、多数は発明したら必要とされたのだ。ってこと。へぇ。面白いね。
進化論みたいだ。進化したんじゃなく、あくまで突然変異が適合したら残ったってだけ、みたいなね。

位置: 593
エジソンは、蓄音機の発明から数年を経た頃、自分の助手に向かって、蓄音機には商業的価値がないと告げたことさえある。ところが彼は、数年後に考えを変え、蓄音機を 口述用録音再生 装置 として売りはじめた。しかし、蓄音機をジュークボックスに作り変えて販売するものが登場すると、自分の発明の品位をけがすものだと反対している。エジソンが、蓄音機の主要な用途は、音楽の録音再生にあることをしぶしぶ認めたのは、発明から約20年たってからのことだった。

面白いね。エジソンだってそうだったんだな。口は災いの元。誰だっていつ失言するか分からないね。

位置: 706
二つめの要因は、経済性より社会的ステータスが重要視され、それが受容性に影響することである。たとえば、ブランドもののジーンズを買うために、品質はまったく同じノンブランド品の二倍の値段を払う人は何百万人もいる。ブランドものの社会的ステータスが、金銭以上のものをもたらしてくれるからである。日本人が、効率のよいアルファベットやカナ文字でなく、書くのがたいへんな漢字を優先して使うのも、漢字の社会的ステータスが高いからである。

いや、ステータスが高いからがメインな理由じゃないよ。漢字の方が伝わるからだよ。ってダイヤモンド氏は奥さんから言われないかしら。

位置: 831
同じ社会が、時代によって異なる対応を示すこともある。中東地域の現代イスラム社会は、比較的保守的である。技術的に最先端を行っているわけでもない。しかし、中世においては、革新を受容する社会であり、技術的にも進んだ社会であった。

これは全くそのとおり。

位置: 838
今日、科学技術は、ヨーロッパからイスラムに向かって流れている。しかし、中世にあっては、圧倒的にイスラムからヨーロッパに向かって流れていた。この流れが反転したのは、西暦1500年以降のことである。

つまり、偉人は世界中に生まれていたわけだ。ただ習わないだけか。

位置: 840
西暦1450年頃まで、中国は、ヨーロッパよりも、中世のイスラムよりも、技術的に進歩した社会であった。運河の水門、鋳鉄、掘削技術、能率的な家畜の引き具、火薬、凧、磁針、 可動式活字、紙、磁器、印刷術(ファイストスの円盤は例外として)、船尾舵、猫車(一輪の手押し車)などは、すべて中国で発明されたものである。

これは歴史の先生は必ず言うね。しかし中国人発明家のネームバリューはそれほどでもない。

位置: 853
しかし、これらの事例の一つひとつの理由がどうであるかは、人類史のなかで繰り返し起こるパターンを研究するわれわれにとって大きな問題ではない。社会の革新性に無数の要因がかかわっていることは、歴史学者の仕事を逆説的に容易にする。社会ごとの技術面での革新性のちがいを、本質的に任意変数とみなせるからである。これは、大陸全体のように充分な面積のある地域では、どの時代においても、ある割合で革新的でありうる社会が存在しえることを意味している。

難しい言い回しですが、なんとなく分かるかな。
つまりは発明はどこでも起こりうる、っつーことか。

位置: 934
江戸時代の日本で、銃火器の技術が社会的に放棄されたことはよく知られている。日本人は、1543年に、中国の貨物船に乗っていた二人のポルトガル人冒険家から火縄銃(原始的な銃)が伝えられて以来、この新しい武器の威力に感銘し、みずから銃の製造をはじめている。そして、技術を大幅に向上させ、1600年には、世界でもっとも高性能な銃をどの国よりも多く持つまでになった。

位置: 944
やがて幕府が銃の注文を減らす段になると、実用になる銃は日本からほとんど姿を消してしまったのである。
近代ヨーロッパの統治者のなかにも、銃を嫌い、その使用を制限しようとした人びとがいた。しかし、一時的にせよ銃を放棄すれば、銃を持つ近隣諸国に侵略されてしまうヨーロッパにあって、そうした銃の放棄は長くつづかなかった。日本が新しい強力な軍事技術を拒絶しつづけられたのは、人口が多く、孤立した島国だったからである。

文明は退化することもある、ってことですね。これは難しいけれど興味深いですよ。なるほど、進むだけじゃないわけだ。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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