『11分間』 純文学的、というべきか

言い回しのおしゃれさにうっとりしないこともないですが

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「むかし、あるところに、マーリアという名の売春婦がいた」。マーリアは、ブラジルの田舎町に育った美しい娘。恋愛に失望し、スイスの歓楽街で売春婦をして暮らしている。セックスによる陶酔など一度も味わうこともなく、日記帳だけに心を打ち明ける毎日。だが運命的な出会いが、マーリアに愛の苦しみと痛み、そして至上の喜びをもたらそうとしていた―。

サウダージ、というブラジル独特の言葉があるそうですな。
日本語で言うなら「旅愁」とされています。

この本の随所から、そういった気持ちを読み取ることが出来、またそれが心地よいのです。
主人公はなんだかんだで違法スレスレのところでスイスの売春婦をやりますが、この彼女の生い立ちから現在に至るまでの経験、そして過去への偏執、このあたりの表現が実にその、いいんですね。

十一歳のとき、私は行動を誤った。少年が鉛筆を借りたいと言ってきたときだ。そのとき以来、ものごとには次の機会というのがない場合があって、この世が差しだすプレゼントはそのまま受け取ったほうがいいのだ、と私は考えてきた。もちろん、リスクはあるに決まっている、しかし、そのリスクは、私がここに着くまで四十八時間乗ってきたバスが事故にあうリスクよりも大きいものなのか?
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「チャンスを逃す」──彼女はそれが何を意味するのか、もうずいぶん前に学んで知っていた。その一方、「愛している」というのは、これまでの二十二年間の生涯で何度も耳にしてきた台詞だったが、今では何の意味もないように感じられた──それが何か真剣な、深みのあるものにつながったことは一度もなく、長続きする関係へと展開したことはなかったからだ。マリーアは彼の言ったことにお礼を述べて、それを意識下に刻みつけ(人生が私たちに何を用意しているのか事前に知ることは不可能だから、いつでもどこに非常口があるか知っておいたほうがいいのだ)、元雇い主の頰に貞潔なキスを一回してから、後ろを振り返ることなく出発した。
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村上春樹を読んだときの衝撃に似た、自分にはまるで無い洒脱さに感銘を受ける感覚。
とにかく文章が全体的に、いい具合に翻訳口調で新鮮で読み応えがあります。翻訳の旦さん自身も執筆日であり、今は明治大学の教授でいらっしゃるそう。いい訳をなさる。

そして、問題のSMシーンね。これ、読みながら、恥ずかしながら興奮をしました。すげぇな。

「お前を爆発させてほしいのか?」  相手が鞭の柄を彼女の性器に近づけるのが見えた。そして上から下へとこすりつけ、クリトリスに触れた瞬間、彼女はコントロールを失った。彼女はどれだけの時間、自分たちがそこにいたのかわからず、何度叩かれたのか想像もつかなかったが、そこに突然、オーガズムがやってきた。何十人、何百人という男たちが、この何か月もの間、目覚めさせることのできなかったオーガズムが。ひとつの光が炸裂し、彼女は自分が自分自身の魂の中の黒い穴ぼこのようなところに入っていくのを感じた。そこでは強烈な痛みと恐れが全的な快楽と混じりあっていて、それが彼女をこれまで知っていたどんな限界よりも先まで押していき、口輪に押しつぶされた声で叫びをあげ、ベッドの上で身をよじり、手錠が手首を切りつけているのを、そして革ひもが足首を痛めつけているのを感じながら、まさに身動きできないがゆえにこれまでになく身を揺すぶり、口に口輪がはめられていて誰にも聞こえないがゆえに、これまで叫んだことがないような叫びをあげた。これこそが痛みと快楽であり、鞭の柄がクリトリスをなおさら強く押しつけて、オーガズムが口から、性器から、毛穴から、目から、全身の皮膚から飛びだしてくるのだった。
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哲学と教養をもち才能あふれるイケメン画家と恋をしつつ、イギリスからきたセレブ男性にSM調教をされて目覚めていく。
その俗っぽいアンビバレントさが本作の主人公・マリーアちゃんの可愛らしさでもあり、愛おしさにもつながってくるんですな。

自分に言い聞かせるようにして売春に励む姿とか、何だか朝ドラを観ているような気分にすらなります。職業に貴賎はない、ってな。

雇い主が従業員を辱めるとき、あるいは男が妻を辱めるとき、それはただ卑怯なだけだ。あるいは、自分の人生の仕返しをしているのだ。そういう人たちは自分の魂の奥底を一度も覗いたことがなく、野獣を解き放ちたいという欲望がどこから来るのか知ろうと努めたことがなく、セックスと痛みと愛とが人間の限界の経験なのだということを理解しようと努めたことがない。  そして、この限界域を知っている者のみが人生を知っているんだ。それ以外の人はただ時間をつぶしているだけだ、同じ用事をくりかえして、自分がこの世で何をしているのか本当に知ることなしに、年をとって死んでいく」
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はたして、自分はそういうセックスをしてきたろうか。
辱めてきたのか、仕返しをしているだけなのか。

読んだ人はみな、少なからず考える作品ですな。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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