『暗夜行路』 前半と後半で読みやすさが全然違う 6

最後は体調不良で大団円。

位置: 7,396
絶えず面倒な事が起った。それは竹さんを入れた 所謂 三角関係ではなく、竹さんを除いたそう云う関係で、面倒が絶えなかったのである。竹さんは女の不身持よりもこの面倒を見る事に堪えられなくなった。さりとてきっぱり別れようとはしなかった。
「それはお話にならんですわ。男が来て嫁さんと奥の 間 にいる 間、竹さんは台所で御飯 拵えから汚れ物の洗濯まですると云うのですから。時には嫁さんに呼びつけられ、酒買いの走り使いまですると云うのですから」
「少し変ってるな。それで竹さんが腹を立てなければ、余っ程の聖人か、変態だな。一種の変態としか考えられない」
謙作は竹さんを想い浮べ、そう云う人らしい面影を探して見たが、分らなかった。然し彼にもそう云う変態的な気持は想像出来ない事はなかった。

変態的な気持ちを全く匂わせないのではなく、少しはあるように思う。
この辺がいい具合ですよね。谷崎でもなければ、のっぺらぼうでもない。ほど良い。志賀直哉自身も少し曲がったくらいが気に入っていたんじゃないかしら。

位置: 7,613
謙作は母の場合でも直子の場合でも不貞というより 寧ろ過失と云いたいようなものがいかに人々に 祟ったか。自分の場合でいえば 今日 までの生涯はそれに祟られとおして来たようなものだった。 総ての人が竹さんのように超越出来れば、まだしも、──その竹さんとても不幸である事に変りはないが、──そうでない者なら、何かの意味で血塗れ騒ぎを演ずるような羽目になるのだ。

総ての人が竹さんのように。
難しいことだけれどわかります。何かを超越するってことだ。漱石がいう諦観というやつか。

何事にも惑わされず。こんな時代だけどね。

位置: 7,742
「何遍いうのや。そんなに心配なら、自分で 担いで行け」
「お前等も飲むものを一人で 担いで行けるか。 阿呆」
皆 が元気なだけ、謙作はその 夜 の自分の体力に不安を感じた。一緒に行って途中で自分だけ弱る事を考え、負けまいと意地張る事で 尚 苦しい想いをし、同年輩という事、そして自分だけが関東者だという事で下らぬ競争意識など持ちかねないと思うと不安を感じた。

関東者の余所者感もしっかりだす。当時は今より遥かに関東弁は変な目でみられたろうしね。

位置: 7,783
疲れ切ってはいるが、それが不思議な陶酔感となって彼に感ぜられた。彼は自分の精神も肉体も、今、この大きな自然の中に溶け込んで行くのを感じた。その自然というのは 芥子粒 程に小さい彼を無限の大きさで包んでいる気体のような眼に感ぜられないものであるが、その中に溶けて行く、──それに還元される感じが言葉に表現出来ない程の快さであった。

自然に溶け込む快楽というのはありますよ。野宿して目覚めた朝なんか、感じたな。
野生に帰る感覚って好ましいですよね。ゆるキャンプが流行ってるのってそれもあるんじゃないかしら。

位置: 7,802
山裾の靄は晴れ、 麓 の村々の電燈が、まばらに眺められた。 米子 の 灯 も見え、遠く 夜見ケ浜 の 突先 にある 境港 の灯も見えた。或る時間を置いて、時々強く光るのは 美保 の 関 の燈台に違いなかった。湖のような 中 の 海 はこの山の陰になっている為 未だ暗かったが、 外海 の方はもう海面に鼠色の光を持っていた。
明け方の風物の変化は非常に早かった。 少時 して、彼が振返って見た時には山頂のむこうから 湧き上るように 橙色 の 曙光 が昇って来た。それが見る見る濃くなり、やがて又 褪せはじめると、 四辺 は急に明るくなって来た。

まさに夜明け。名分ですね。

位置: 7,954
「私は今、実にいい気持なのだよ」と云った。
「いや! そんな事を 仰有っちゃあ」直子は発作的に思わず烈しく云ったが、 「先生は、なんにも心配のない病気だと云っていらっしゃるのよ」と云い直した。
謙作は疲れたらしく、手を握らしたまま眼をつむってしまった。穏やかな顔だった。直子は謙作のこういう顔を初めて見るように思った。そしてこの人はこのまま、助からないのではないかと思った。然し、不思議に、それは直子をそれ程、悲しませなかった。直子は引込まれるようにいつまでも、その顔を見詰めていた。そして、直子は、「助かるにしろ、助からぬにしろ、とにかく、自分はこの人を離れず、どこまでもこの人に 随 いて行くのだ」というような事を 切りに思いつづけた。

そして体調を崩し、直子がかけつけ、大団円。
直子に視点が移りますね、最後だけ。

畢竟、どうしようもない気持ちを乗り越えるには時間と自然が必要だ、ということです。本質かもしれませんね。

後半はとくに面白かったです、『暗夜行路』。

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