『銃・病原菌・鉄』 コロナ禍で読む人、爆増? 5

むずかしいのよ、この本。

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人類の科学技術史は、こうした大陸ごとの面積や、人口や、伝播の容易さや、食料生産の開始タイミングのちがいが、技術自体の自己触媒作用によって時間の経過とともに増幅された結果である。そして、この自己触媒作用によって、スタート時点におけるユーラシア大陸の「一歩のリード」が、1492年のとてつもないリードにつながっている──ユーラシアの人びとがこういうリードを手にできたのは、彼らが他の大陸の人びとよりも知的に恵まれていたからではなく、地理的に恵まれていたからである。

結局ユーラシア大陸が横に長く広く動植物の多様性に富んでいるから、スペイン人は南米をかんたんに征服できた、ということなんですって、奥さん。

位置: 2,425
ところが中国は、五〇万年前から人間が住んでいたことが人骨化石からわかっているのに、ほとんど単一の言語が話されている。この長い歴史のなかで中国で生まれたはずの何万という言語は、いったいどうなってしまったのだろうか。

中国人の支配は言語や宗教にまで及ぶからね。多様性を認めないところがこの国の現状を作っている。逆行するようだけど歴史的に強いのは「多様性を認めない」方であった、少なくとも今まではね。

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これらの途方もないちがいは、主として、南北アメリカ大陸の大型野生動物が更新世末期に絶滅したことに端を発している。

そりゃ、条件が悪すぎるわ。

位置: 4,286
─ヨーロッパの社会、肥沃三日月地帯の社会、そして中国の社会は同じユーラシア大陸内に位置するのに、なぜヨーロッパの社会がアメリカ大陸やオーストラリア大陸を植民地化し、もっとも進んだ技術を持つようになり、政治経済の分野で世界の主導権を握るようになったのか。紀元前八五〇〇年から西暦一四五〇年のあいだにいた歴史学者が、もしその後の人類史の展開を予測したなら、ヨーロッパ社会が世界の主導権を握ることなど、まずありえないと断言したにちがいない。この一万年間において、社会の発達がもっとも遅れていたのがヨーロッパだったからである。

位置: 4,305
肥沃三日月地帯が圧倒的なリードを失ってしまった理由については答えがはっきりしている。この地域の人びとが初めの一歩を早く踏みだせたのは、適性のある野生種に恵まれていたからである。しかし、彼らが地理的に有利であったのは、その点においてだけであった。肥沃三日月地帯は、強力な帝国が西へ西へと移動していく過程を通じてリードを失っていった。

人類史を一つの流れとするならば肥沃三日月地帯は早熟すぎたわけですね。

位置: 4,313
こうした変化をもたらした要因は、肥沃三日月地帯の現状と古代の記述をくらべてみれば一目瞭然である。現在、「肥沃三日月地帯」を「世界をリードする食料生産地」とみなすことは、あまりにもばかげている。かつての肥沃な土地の大部分は農業に不向きな砂漠か、それに近い乾燥地や 草原地帯 になっており、土壌の風化や塩害が進んだ土地になってしまっている。現在、この地域の国々は、使ってしまえば再生できない石油という資源に頼りきっている。

位置: 4,319
古代において、ギリシアをふくむ地中海地方東部および肥沃三日月地帯のほとんどは森林におおわれていた。それが、風化の進んだ砂漠地帯や灌木地帯へと変わっていった過程については、古植物学者と文化人類学者によって解明されている。

そうなんや。あのあたりは森だったんですね。しかし偉いことになっちまったもんだ。まったく今じゃ砂漠だもんね。

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古代のローマの従属国であったナバテア王国の首都ペトラ(隊商都市)は現代のヨルダンあたりに位置していたが、その近辺に茂っていた最後の森林は、第一次世界大戦開戦の少し前にヒジャーズ鉄道を建設しようとしたオスマントルコ帝国によって伐採されてしまった。
つまり、不運なことに、肥沃三日月地帯や地中海地方東部は環境的に脆弱だったのである。そして、これらの地域に繁栄した人びとは、自分たちの環境基盤を破壊し、自分で自分の首を絞めてしまったのである。

ペトラは今じゃ砂漠の真ん中だけどね。昔は森の中にあったわけだ。
昔から砂漠の真ん中にあったような解釈の本かテレビを見た気がするけど、気の所為かしらね。

位置: 4,339
それでは、中国の場合はどうだったか。中国は、肥沃三日月地帯と同じくらい古い時代に食料生産をはじめていた。北部から南部に、そして沿岸地帯からチベット高原にまで広がる中国は、地形や環境の変化に富み、多様な作物や家畜や技術が誕生している。

位置: 4,356
なぜ中国は、自分たちよりも遅れていたヨーロッパにリードを奪われてしまったのだろうか。
これらの謎を解く鍵は、船団の派遣の中止にある。この船団は、西暦1405年から1433年にかけて七回にわたって派遣されたが、その後は中国宮廷内の権力闘争の影響を受けて中止されてしまった。これは 宦官 派とその敵対派の抗争であったが、この種の政治的争いはどこの国でもよくあるものだ。船団派遣の政策を推進していたのは宦官派だったので、敵対派が権力を握ると船団の派遣をとりやめたのである。やがて造船所は解体され、外洋航海も禁じられた。

政治的に鎖国をとって、それが文明的退廃の原因であるということか。

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このように、ヨーロッパと中国はきわだった対照を見せている。中国の宮廷が禁じたのは海外への大航海だけではなかった。たとえば、水力紡績機の開発も禁じて、十四世紀にはじまりかけた産業革命を後退させている。世界の先端を行っていた時計技術を事実上葬り去っている。中国は十五世紀末以降、あらゆる機械や技術から手を引いてしまっているのだ。政治的な統一の悪しき影響は、1960年代から70年代にかけての文化大革命においても噴出している。現代中国においても、ほんの一握りの指導者の決定によって国じゅうの学校が五年間も閉鎖されたのである。

あらゆる愚策が中国を退廃させたが、いまそれが盛り返して覇権をとる勢い。
恐ろしい国だね。

  • 結論

なんだかすごく広範囲に専門的な知識を浴びて疲れました。
しかし読むこと自体は面白い。
本著を理解できる日は来ないと思うけど、それでも読んでよかった一冊。
人類の敵は病原菌。それはこのコロナ禍のなかで改めて我々の認識するところになったわけで。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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