『死のドレスを花婿に』感想 ルメートルだなぁ

読んでいる人を突然嫌な気持ちにさせる作家。

悪夢に苦しめられるのが怖いから、眠らない。何でも忘れてしまうから、行動を逐一メモにとる。それでも眠ってしまうと、死者たちが訪れる。ソフィーの人生は、死と血、涙ばかりだ。でも、ほんの一年前まで、彼女は有能なキャリアウーマンだった。破滅への道は、ちょっとしたことから始った。そしていつしか、ソフィーのまわりに死体が転がりはじめたのだった。でも彼女には、天性の知能と強い生命力が備わっていたのだ。ある偽装によって自ら道を切り開いていくや、ついには、自分を取り巻く恐るべき真実に突き当たっていくのであった…歪んだ行為への、正しい対応が生むカタルシス、ヒッチコックも驚くであろう斬新な四部構成で読む、脅威のサイコサスペンス。

意図的に悪夢を見させるシーンが出てくるんですが、人間ってそんなに簡単に悪夢を見れるもんなのかしらね。
あと、結構ソフィーもアレな感じ。サイコパスに追い込まれたというべきか。しかし、結構お似合いだよ。

位置: 618
正気を失ってしまうまで二年もかからず、殺人犯になるにはたった一夜、追われる女には二時間で。今や恐怖と疑心暗鬼に駆られ、罠と不安に脅かされ、逃亡計画や、言葉遣いまで心配しなければならぬ身となった。ふつうの暮らしが一瞬で狂気や死に直面してしまうのは、彼女の短い人生で二度目だった。

普通の人生が急にキナ臭いことになる恐怖、普通の人生を送っている身からすると、戦慄と共感です。さて、今回はルメートルさんはどう怖がらせてくれるのかしら。

位置: 1,910
すぐに分かった。ふたりはまるで恋人同士のように、レストランに出かけた。ふたりを監視しながら、ぼくは、ソフィーの母親カトリーヌ・ルフェーヴルがまだ生きていた当時のことを思わずにいられなかった。ふたりはカトリーヌのことを話題にしているようだった。だが、彼らでさえ、ぼくほどカトリーヌのことを考えてはいない。もし彼女が今まで生きていたら、こんなことをすることもなかっただろうに……。なんたる徒労だろう!

結論からいうと、「自分のママが死んだのはソフィーの母親に殺されたから」と思い込んでいるわけですよ、このフランツ君。

位置: 2,043
映画は続き、ぼくが病室から出て階段を下りた数秒後、とつぜんママは身を投げる。ためらわせるものなど何もなかったように。まるでぼくなど存在していなかったように。  それ故に、ぼくはあいつらを徹底的に憎む。

逆恨みですね。突き落としたわけでもないのに。

位置: 2,350
どう見てもドタバタ喜劇の域を出ないと思ったが、好みの問題ではある。

フランス人ぽい皮肉。

位置: 2,411
ソフィーは、壁を背に、スカートを腰まで上げたまま立っていた。ヴァンサンのほうはといえば、足首でズボンがとぐろを巻いていたが、セックスに夢中の様子だった。母親を亡くして喪中とはいえ、あの青年は本領を完全に失っていなかった。ぼくのいる場所からは、彼の背中と、ソフィーのなかにはいったときの引き締まった 尻 しか見えなかった。なんともばかげた光景だった。いや、逆に美しいなと思ったのは、ソフィーの表情だった。彼女は、花束を抱えるように、夫の首に手を回し、爪先立ったまま目を閉じていた。快感に酔いしれるソフィーの顔は輝いていた。美しい女の美しい表情。透きとおるように白く、内面にこもろうと眉をしかめる、眠れる美女。身を捧げるその様子には、何かしら絶望的なものが漂っていた。

悲しいときこそセックスですね。これ、意外にあるらしいですね。
ま、気持ちは分かる。賢者タイムが人生には必要です。

位置: 2,418
まぬけ亭主の独創性に欠けた腰の動きは速まり、その白い尻もますます力強く 痙攣 をくり返した。ソフィーの表情を見ていて、ぼくは彼女が絶頂に達するのだと分かった。口を大きく開き、目をしばたたかせたかと思った瞬間、ふいに大きな叫びが洩れた。すばらしいと思った。ぼくが見たいのはまさにこれだ、彼女をこの手で殺すときに。

独創性に欠けた腰の動き、っていいですよね。

位置: 3,116
そこでもぼくは、欠くべからざる繊細さをもって、与えられた役割を演じた。  そういうわけで、一昨日、ソフィーはぼくに結婚を申し込んだ。  ぼくは承諾してやった。

お互いにしてやったり、の結婚生活がはじまるわけですね。このあたりが本著のピークだったな。

位置: 3,485
そんな自由裁量は、彼がそれまでやってきたことすべてを否定されたように感じたし、自殺されるのは、彼の知性に対するあからさまな 冒瀆 だった。もしソフィーがあんなふうに死んでしまえば、彼はもう母親の死に 復讐 できなくなってしまう。だから、彼女を床に寝かせると、手首をタオルで縛り、ずっと大声で彼女に話しかけながら、電話まで走って救急車を呼んだのだ。

早く殺せばいいのにね。フランツがどういう状況で復讐を遂げたかったのか、いまいち分からん終いでしたね。

位置: 3,530
なかを探し、すぐ書き物机の 抽出 のなかに、彼女の携帯電話を見つけた。この四年間、数秒の誤差もほとんどなしに、ソフィーの居場所を確かめられていたのに、はじめてフランツは彼女を見失っていた。急がねばならない。女を見つけねばならない。

焦燥が手にとるように伝わる。筆に力があります。

位置: 3,701
写真は、以前、彼女がパリのコメルス街の赤信号で停車していたとき、バイクに乗った男が助手席のドアを開け、奪い去ったハンドバッグに入れておいたものだった。2000年のメトロ定期券に貼ってあった身分証明書用の写真。
つぎには疑問がやってきた。どうしてこれが、フランツの旅行バッグの裏地がはがれたところから出てきたのか?

ここからバレちゃうんですよね。しかしフランツともあろう犯罪者が、こんな初歩的な間違いをするかね。

位置: 3,845
それに、あいつはあのままわたしを死なせやしないでしょう。わたしを、自分の手で殺したいのだもの。それがあいつの望んでいることなのよ。

これもさ、似た者同士だから分かるのかな。読者であるあたくしは最後まで、フランツがどう殺したいのかわからなかったよ。

位置: 4,284
神経症的要因となるものを幼少期に体験したため、〝生き残り〟の罪責感が、自己の卑劣さを責める意識に連接されていったのである。これは、戦災孤児によく見られる傾向であり、彼らが、無意識のうちに、肉親の〝いなくなった〟事実を、自分がそれに値しなかったからと考えてしまう症例であろう。

幼年期のトラウマ、にホワイダニットを委ねてしまう。
あたくしのあまり好きな筋ではありません。見事なホワイダニットをみせた「アレックス」の作者だったらもう少しやれたんじゃないかなと思ってしまう。

位置: 4,457
逆説的ではあるが、被害者である息子フランツは、当人の意思とは関係なく、患者にとっての加害者的役割を演じることになる。というのは、フランツの存在そのものが、母親である患者に死をもたらす契機にほかならず……。

これはとても皮肉だね。考えれば最後までフランツは、ソフィーが己の企みに気づいていると知らずに死んだわけだ。ある意味幸せだったのか。イヤミスだね。

位置: 4,540
ベッドは水浸しだったが要は、フランツがぜんぶ飲んでくれたからいいのだ。一歩下がって効果を見た。まさにフェデリコ・フェリーニの映画のひとコマに匹敵する光景だった。 「もうワンタッチ、必要かもね」  バッグから口紅を出した。 「色の組み合わせに、若干問題はあるかもしれない。でも、いいわ」  ソフィーは、フランツの唇を念入りに赤くした。上にも下にも、そして両側にもはみ出るように。彼女は、また一歩下がった。花嫁衣装を着た、眠れるピエロ。 「完璧だわ」

そして最後はピエロ。ジョーカーですね。
やっぱり絵になるんだよな、ジョーカーって。

位置: 4,705
もうお分かりだと思いますが、頭のなかの 葛藤 を長々と説明する代わりに、ふとしたシーンの挿入によって──たまたま行き交った白バイとか、バスルームのタイル壁に映るはずのない人影とか──いやがうえにも緊迫感を漂わせるようなヒッチコックのテクニックを、わたしも用いたいと考えたのです。心象風景の叙述は必要ない、それが視覚的にきちんと存在していればいいのだ。登場人物の目や耳を、カメラとマイクにして、そのまま簡潔に書きつづればよい、と。

あとがきから。あたくしなんぞはついつい心象風景を長々と書きますが、それはトレンドではないのですね。視覚的に存在していれば必要ないんだそう。

面白いね。参考にしたい。

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