『1973年のピンボール』 何か言っているようで何も言っていない #1973年のピンボール #村上春樹

これ、果たして三部作の二作目として成立しているのかしら。

「電灯のスイッチを切って扉を後ろ手に閉めるまでの長い時間、僕は後ろを振り向かなかった。一度も振り向かなかった」東京で友人と小さな翻訳事務所を経営する〈僕〉と、大学をやめ故郷の街で長い時間を過ごす〈鼠〉。二人は痛みを抱えながらも、それぞれの儀式で青春に別れを告げる。『風の歌を聴け』から3年後、ひとつの季節の終焉と始まりの予感。「初期三部作」第二作。

前作『風の歌を聴け』はそれなりに楽しめたものの、今作は隠喩のようで何も示唆していないような表現が多すぎてあまり楽しめませんでした。双子やらピンボールやら、なんやねん。

そもそも物語が時系列順で無いのが読みづらい以外に意味がないように思えます。アニメ脳としてはすぐ『涼宮ハルヒ』のテレビ版を引き合いに出したくなりますが、あれは30分、一応その中で物語がおおかた完結するように出来ているのに対して、これはまるで違う。ただ引きずるだけ引きずって、あとあと考えれば「あぁそういうことか」みたいな話。二度読ませることを前提に書かれていてどうも好きになれません。

ハルキストのみを対象にした読み物なのでしょうか。うーん、好かない。

位置: 19
それはまったくのところ、労多くして得るところの少ない作業であった。今にして思うに、もしその年に「他人の話を熱心に聞く世界コンクール」が開かれていたら、僕は文句なしにチャンピオンに選ばれていたことだろう。そして賞品に台所マッチくらいはもらえたかもしれない。

この表現、昔は斬新だったんだろうか。いまや擦られすぎててギャグでしか無い。

位置: 793
僕は服を脱ぎ、「純粋理性批判」と煙草を一箱持ってベッドにもぐり込んだ。毛布には僅かに太陽の匂いがしたし、カントは相変らず立派だったが、煙草は湿った新聞紙を丸めてガスバーナーで火をつけたような味がした。

坊主憎けりゃ……じゃないけど、純粋理性批判を持ち出す意味はあったのだろうか。煙草の味は分からないでもない、というか、好き。いい描写。

位置: 1,047
「言いたいことがあれば食事の前に言っちまった方がいい」と僕は言った。そして言ってしまってから言わなければよかったと後悔した。毎度のことだ。  彼女はほんの少し微笑んだ。そしてその四分の一センチほどの微笑みはもとに戻すのが面倒だからという理由だけでしばらくのあいだ口もとに留まっていた。店はひどく空いていたので、海老が髭を動かす音さえもが聞こえそうだった。

これもちょっと分かるな。あたくしは往々にして大事なときに余計な一言を言う。彼も一緒なのかしら。

位置: 1,467
「世の中に失われないものがあるの?」 「あると信じるね。君も信じた方がいい」 「努力するわ」 「僕はあるいは楽観的すぎるかもしれない。でもそれほど馬鹿じゃない」 「知ってるわ」

雰囲気素敵ね。そんな話、男女でするのかしら。

位置: 1,688
別れるのは簡単だった。ある金曜の夜に女に電話するのをやめる、それだけのことだ。彼女は真夜中まで電話を待ちつづけたかもしれない。そう考えるのは辛かった。何度か電話に手が伸びそうになるのを鼠は我慢した。ヘッドフォンをかぶり、ボリュームを上げてレコードを聴き続けた。彼女が電話をかけてこないことはわかっていたが、それでもベルの音だけは聴きたくなかった。  十二時まで待って、彼女はあきらめるだろう。そして顔を洗い歯を磨き、ベッドに潜り込むだろう。そして電話は明日の朝にかかってくるのかもしれない、と考える。そして電気を消して眠る。土曜の朝も電話は鳴らない。彼女は窓を開け、朝食を作り、鉢植えに水をやる。そして昼すぎまで待ちつづけ、今度こそ本当にあきらめるだろう。鏡に向って髪にブラシをかけながら、何度か練習でもするように笑ってみる。そして結局はこうなるはずだったんだ、と思う。

女性と分かれるのに自分から電話をかけるのをやめて、一人「結局こうなるはずだったんだ」と理解する。どんだけハードボイルドやねん。あたくしの人生に微塵もこういう時間は無かった。悲しいかな。

位置: 1,716
「何故ここじゃだめなのかって訊かないのかい?」 「わかるような気はするからね」  鼠は笑ってから舌打ちした。「なあ、ジェイ、だめだよ。みんながそんな風に問わず語らずに理解し合ったって何処にもいけやしないんだ。こんなこと言いたくないんだがね……、俺はどうも余りに長くそういった世界に留まりすぎたような気がするんだ」

いい会話だよね。行間があってさ。

好きな文章をあげるとキリがなくて、それなりに村上春樹の文章自体は好きなんだな、と再確認しました。ところが、本作はそうでもない。なんでかしら。やっぱり物語として破綻している、あえて読みづらくしているところに、作者の意図を見いだせなかったからかしら。