考えてみると実に滑稽な、警察泣かせの話ですな。
素人の方が優れた捜査ができちゃうわけだから。
位置: 2,119
犯人がニトロベンゼンという特異な毒物を選んだことから、わたしにわかったのはそういうことですよ、親愛なるワトスン君」そういって、ブラッドレー氏は、必ずしもポーズばかりではない毒々しい自己満足の 体 で、上唇の上に生えているものをまさぐった。
上唇の上に生えているもの、って表現が婉曲で皮肉。
みんなホームズ大好きなんだな。
位置: 2,996
「ベンディックス夫人がはじめから目当てだったんです」ロジャーは落ち着きを取りもどしてきていた。「だから、この 企みは絶妙だというんです。一から十まで計算されていたんですよ。もし、ユーステス卿が小包を開けるときに、ベンディックスを自然な形で居合わせるようにできれば、ユーステス卿が彼にチョコレートをやるだろうとはじめから計算されていたんです。警察がユーステス卿の周囲に犯人を求めて、被害者の周辺を洗うことはしないだろうと、はじめから予見されていたんです。殺そうとする相手が女だからチョコレートが使われたのは、もちろんそのとおりで、しかもそこから、犯行は女の計画だと断定されるだろうということも、おそらく予見されていたといえるんじゃないかな、ブラッドレー」
この手のミステリにおいて、偶然性が高すぎると気持ち悪い問題ってあるんですよ。
予見されていたとはいえ、その確実性で計画殺人するかね!?というもの。
位置: 3,240
彼はミス・ダマーズが彼のベンディックス犯人説をくつがえせるとは、いや大きくゆすぶれるとさえ、心の奥底では信じられなかった。が、とにかく、彼女の話は、たとえ彼自身の解答に批判を加えなくても、夢中にならせるような面白いものにならないはずはなかった。ロジャーはこれまでの誰の推理よりも、ミス・ダマーズの推理を楽しみにしていた。
それが正しいかどうかよりも、推理として面白いかどうかが時々優先される。それが「道楽推理」の良いところ。この本はそれを真正面から楽しんでいる。いいですね。高等知的遊戯。
位置: 3,268
わたくしにいわせていただけるなら、シェリンガムさんの推理法は、わたくしたち全員のお手本ともいえるものでした。まず 演繹的 推論に始まって、ほぼ犯人を名ざすところまでその線に沿って進み、そこで推論を実証するために帰納法を応用なさいました。
まず事実に基づいて思考し、併せて結論から推察できる仮説を導き出す。
もってまわった言い方ですが、好きですね。
位置: 3,576
悪党というものは、善良で愚かな女にとって、奇妙に精神的刺激を覚える何かを持っているのです。もし彼女の内部に、感化院の先生のような気味があると――たいていの善良な女にあるのですが――彼女はたちまち、彼を救ってやりたいという不毛な欲望にとらわれてしまうのです。
母性本能ってやつですかね。
不毛だと分かっていても囚われてしまう。
位置: 3,715
「この二つが同じ機械で打たれたことは、少しも疑問の余地がない」と、彼は重々しくいった。
ミス・ダマーズが表に現わした感情は、これまでずっと見せてきた度合より多くも少なくもなかった。彼女の声はいままでと寸分変わらぬ無感動な調子だった。彼女はいま、二枚の服地のあいだからマッチ棒を一本発見したと報告しているのだといってもいいほどだ。
マッチ棒の例え。この言い回しが英語的でいい。
位置: 3,744
「どうなんですか」チタウィック氏がはにかみながら、この厳粛な空気の中でぽつんといった。「それを二十四時間延ばすわけにはいかないんでしょうね?」
ロジャーは不意をくらった顔つきで、「しかし、なぜ?」
「あのう、ですね……」チタウィック氏は頼りなげにもじもじした。「つまり――わたしはまだ発言していませんから」
五対の目がきょとんと彼を見つめた。チタウィック氏はまっ赤になった。
読者も引き込まれます。「さて、チタウィック、どんな推理を聞かせてくれるんだ?」ってね。これがこの本の面白いところ。
位置: 4,006
ライバルの代わりに、嫉妬深い夫を立てられたことだけが間違いでした。実にもう一歩のところでした。それから、もちろん、犯行方法のヒントとなったのは、書簡用紙などを偶然所有していたことでなく、前例になった事件だったという論点は、全面的に正しいものでした」
「何にしろ全面的に正しかったものがあるとは嬉しいね」と、ロジャーはつぶやいた。
言う方も皮肉屋だし聞く方も皮肉屋。
いい空気だ。
位置: 4,086
きわめて徐々に、全体の思惑はチタウィック氏を支持する方向に転回しはじめていた。少なくとも、ミス・ダマーズと同じくらいの説得力があって、しかも微妙な心理的推論や〝価値〟などに触れることなしにだ。
チタウィック氏の逆転裁判!
これがいいんだ。きわめて徐々に、空気が変わる感じ。
位置: 4,184
アリシア・ダマーズが立ち上がって、急ぐでもなく、手持ちの品を手にとっていた。「あいにくですけど」と、彼女がいった。「約束がありますの。失礼してよろしいでしょうか、会長さん」
「ええ、どうぞ」ロジャーは何となく不意を衝かれていった。
ドアの前で、ミス・ダマーズが振り返った。
急ぐでもなく、ってのがいいですね。
大物確信犯的な感じ。
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