『新編忠臣蔵』感想① 忠臣蔵、通して読むのは実は初めて #忠臣蔵 #吉川英治

今はこれが200円で買えるんだから凄い。

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吉川英治の歴史小説超大作『新編忠臣蔵』全20巻収録。

あの『宮本武蔵』の7ヶ月後に刊行されたものらしいです。これだけの長編を、原作ありとはいえ、そのペースで産み出せるというのは脅威の生産力。アシスタントなどが居たのかしら。

歴史観としてはそう新しいものじゃなく、吉良の側にも理はあるものの、やっぱり吉良には人望がなかったという感じ。そして義士は偉い、というわけです。大石内蔵助の苦悩についても、かなり人間臭く描かれてはいるものの、大体は従来のものの踏襲といった印象ですね。落語の世界で言われていることと、さほど変わらん。しかし、あたくしにとっては始めて義士をしっかり通して読んだ経験でもあります。

また、落語でよく出てくる色っぽい「お軽勘平」ってのはほぼ出てこない。むしろ早野勘平こと萱野重実は早々にあっけなくお亡くなりになっちゃうしね。お軽は大石内蔵助のお妾だし。
吉川英治作品の方はどれくらい史実なのかしら。

位置: 289
具体的にいうと、いまの五代将軍の綱吉と、その生母の桂昌院が、何しろ非常な濫費家だった。いや、金の作用というものを知らないのだ。いやいやもっと知らないのは、物資、国材、人間の労力の価値など、全然わからない位置にあるのである。  綱吉の〝柳沢お成り〟といって、町でも評判な柳沢吉保のやしきへ出かけた回数も、五十数回という頻繁さだった。この一回の柳沢家の遊楽行に消費される人力、物資、黄金の額は、庶民の頭では、およそぐらいにも計算はできない。  また、生母桂昌院の迷信費も莫大だ。彼女の護国寺詣りには、日傘行列と、蒔絵のおかごが江戸を縫い、警固の人馬と、迎賓の山門は、すべて人力ずくめ、金ずくめである。しかも、くぐる山門、昇る伽藍堂塔の附属も、みな彼女の寄進で、造られたものである。山門工事にたずさわった幾人かの奉行や棟梁は、工事中、わずかな落度で遠島に処された。

そんな元禄という背景で、この事件は起こったということなんですな。幕府も町民もどこか狂っていた、ということかしら。作品の中でも度々生類憐れみの令に対する憤慨や反骨などが描かれています。

位置: 402
上野介は、肉の薄いこめかみに、青すじを太らせた。 「いやはや。話せねえ男だ。自分に云われた謎を、御老中の所まで問合せにゆくとは、呆れ返った馬鹿者だ。それとも、此方の無愛想に、ヘソを曲げて、わざと、上野介を陥しいれる為に申し出たことか。──ちッ。田舎者めい!」  かれが、感情まかせな呟きを吐くときは、ひどく、江戸人特有なマキ舌が語気に交じった。ひとを罵るのにもよく〝浅黄裏〟だの〝勤番者〟だのと云うくせがある。要するに、それは彼が、彼自身を洗練された都会人としている誇りからくるものだった。

果たして。上野介は江戸っ子で、内匠頭は田舎者。そういう描かれ方なのかしらね。落語ではどうかな。違うような気もする。なにせ、江戸でも随分と人気だったようですものね、忠臣蔵。仮名手本ではそういう描かれ方じゃないんじゃないかしらね。

とにかく賄賂で通る世界に、賄賂を知らない人間が来るとこうなる。ポリティカル・コレクトネスだけじゃ渡れない世界ではありますよね。

位置: 708
諸侯の稠坐している溜りの方へ向って、大声に、喚いて捨てたのである。武士にとって最大な良心である恥辱という忍び得ないものが、内匠頭のあたまを焼金のように貫いた。この数日来、彼の精神力のあらん限りでささえていたものが、屋の棟の雪のように、どさっと、瞼の前へ、真っ暗になって落ちた気がした。 「おのれッ! 上野っ──」  理性はついに感情にやぶれた。大紋の袖を払い上げて、小脇差の光が振りかぶられた。 「わっ! ……」  振り向いた烏帽子額を、途端に、両手で抑えながら、

有名な殿中のシーン。焼金のように貫いた、っていい表現だな。場面の速度と緻密さがうまい具合に重なってて芝居みたい。さすが吉川英治。

位置: 1,649
寺子屋師匠らしい杖を持った先刻の老人が、昂然と答えた。  その杖を、また上げて、一方を指しながら、 「ここから南へ一里半、幡豆郷、乙川、小宮田、横須賀、鳥羽、岡山、相場、宮迫の七村は、足利氏の昔から吉良氏の領地じゃ──知らぬようだから教えてやろう。郷の北に八ツ面山というのがある。そこから雲母を産するので、遠い昔からこの地方を、吉良の県とよび、吉良の庄とも唱えてきたのじゃ。──御当代、上野介義央様まで、十八代七百余年、一度も、領主を替えたことのない吉良家の領民じゃ。

赤穂の使いが東海道を走る際、吉良の領地を通ったときの話。いいね。話に奥行きが出る。こういう細部が大事なんだ。リアリティなんだ。

色々思うところがあるので、次に続きます。