『暗夜行路』 前半と後半で読みやすさが全然違う 1

不義の子として生まれ、父に冷遇され、祖父の家で育てられた主人公・時任謙作が、暗い運命に創作をもって立ち向かう自我発展の経過を、美しい自然描写とともに、明晰な文体で表現。祖父の妾で20も年上の女に恋する謙作の出生の秘密とは? 現代日本文学の記念碑とも称すべき名作長編。17年間を要した著者唯一の長編小説である。

前半はひたすら読みづらかったです。美文と評判の志賀直哉ですが、正直、前半は冗長に感じました。『小僧の神様』のようなキレッキレな感じはしませんでした。筋は面白いだけに残念。

後半は面白かった。慣れてきたのかもしれません。

調べたら書くのに17年もかかっていました。前半と後半の間に筆癖とか変わっててもおかしくない。明らかに後半のほうがリズミカルでしたもんね。

位置:122
お栄は普段少しも美しい女ではなかった。然し湯上りに濃い化粧などすると、私の眼にはそれが非常に美しく見えた。そう云う時、お栄は妙に浮き浮きとする事があった。祖父と酒を飲むと、その頃の 流行歌 を小声で唄ったりした。そして、酔うと不意に私を 膝 へ抱き上げて、力のある太い腕で、じっと抱き締めたりする事があった。私は苦しいままに、何かしら気の遠くなるような快感を感じた。
私は祖父を仕舞いまで好きになれなかった。 寧ろ嫌いになった。然しお栄は段々に好きになって行った。

主人公、時任謙作は生まれてすぐ母を亡くしているんですな。そこで、祖父の妾が母代わりになる。なかなかしびれる出だしですよ。

この、祖父の下品な感じって何だか日本人が歴代感じてきた感情なのかもしれませんね。
あたくしのまわりにも祖父の下品さが嫌いって人、何人かいます。

位置: 136
「どうだ、謙作。一つ 角力 をとろうか」父は不意にこんな事を云い出した。私は恐らく顔一杯に嬉しさを現わして喜んだに違いない。そして 首肯いた。 「さあ、来い」父は坐ったまま、両手を出して、かまえた。  私は飛び起き 様 に、それへ向って力一ぱい、ぶつかって行った。 「なかなか強いぞ」と父は軽くそれを突返しながら云った。私は頭を下げ、足を小刻みに踏んで、又ぶつかって行った。  私はもう有頂天になった。

この作品で父親の描写って、なんだか記号的なんですよね。味わおうと思うとすごく味わいのある人物設定なんですが、どこかぎこちない。出生の秘密が分かってから読むと、何だか複雑な気持ち。この相撲のときの父親はどういう気持だったのか。

位置: 184
謙作はその気楽な講談本を読みながら、朝露のような湿り気を持った 雀 の快活な 啼声 を戸外に聴いた。

朝露のような湿り気を持った雀の快活な啼声、ってね。これが志賀だ!って感じですね。

位置: 654
三の輪まで電車で行って、そこから暗い土手道を右手に 灯りのついた 廓 の家々を見ながら、彼は用事に急ぐ人ででもあるように、 さっさと歩いて行った。
山谷 の方から来る人々と、 道 哲 から土手へ入って来た人々と、今謙作が来た三の輪からの人々とが、明るい 日本堤 署の前で落合うと、一つになって敷石路をぞろぞろと廓の中へ流れ込んで行く。彼もその一人だった。

実際に吉原に入っていくってのはどういう気持だったんでしょうか。こればっかりはもう、想像の域を出ません。落語でも何度も出てきますが、やっぱり想像の域を出ない。想像のほうが良いってこともあるでしょうがね、どうだったのかな。

位置: 1,250
彼は夕方から竜岡を誘って、西緑へ行った。登喜子も小稲も来たが、少しもその座は はずま なかった。 夜 が更けるに従って、彼は 寧ろ苦痛になって来た。登喜子との気持も二度目に会って彼が自分のイリュージョンを捨てたと思った時が寧ろ一番近かった時で、それからは弾力を失ったゴム糸のように間抜けてゆるく、二人の間は段々と延びて行くように感じられた。彼は今も 猶 登喜子を好きながら、それが熱情となって少しも燃え立たない自分の心を悲しんだ。愛子との事が自分をこうしたと云いたい気もした。然し実は愛子に対する気持が既にこうであった事を思うと、彼は変に淋しい気持になった。
彼は自身がいかにも下らない人間になり下ったような気がした。彼はそれを 凝 と一人我慢する苦しみを味わいながら 夜 の明けるのを待った。そしてつくづく自分にはこう云う場所は性に合わないのだと思った。

キャバクラって若い頃一度行ったことがありますが、こんな気持ちになりましたね。かわいい子が隣にいてくれるのは分かるんですが、全然気持ちがのってこない。性に合わないってことはあるんです。

また、恋もそうですね。このときの時任謙作というのは恋に恋している状態とでもいいますか、なかなか厄介。このあたりは純文学の皮を被ったラノベ的でもありますが、畢竟、彼は足りない部分を埋めようと必死になっても絶対埋まらない。その繰り返しにハマっているんです。

相手が入る分、たちが悪い。
そもそも時任謙作は遺産で遊んでいる放蕩者ですからね。作家だとはいいながら。

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