『わたしを離さないで』感想_3 独特の雰囲気だね

もし自分が誰かのために意図的に作られたものだと知ったとき、果たして正気でいられるかしらね。

位置: 4,026
「それに、トミーがどんな人か知ってるでしょ? いろいろ気難しいの」
わたしはルースを見つめました。「どういう意味」
「言いたいことはわかるでしょ? トミーはね、あの人ともこの人とも……その、付き合ってたような女性は相手にできないの。これはトミーが持って生まれた性格よね。気の毒と思うわよ、キャシー。でも、言わずにおくのはいけないと思った」
わたしはじっと考えました。そして、「知っておくに越したことないわね」と言いました。

ルースの意地悪さ、というか。意地かな。
嫉妬。醜いね。しかし、人間らしい。この人間らしさが、彼女らの存在意義と相反して、独特の味わい。

位置: 4,590
「あなたが悩んでるのはわかってた。言ってあげるべきだったと思う。わたしも同じだって、同じことがわたしにも起こるって、そう話してあげるべきだったと思う。そう、いまはもうあなたもわかってる。でも、当時はわかってなかった。だから、話してあげるべきだった。トミーと一緒のわたしでさえ、我慢できずにほかの人と──少なくとも三人と──したことがあるって、そう話してあげるべきだったと思う」

そして懺悔。
人生の最後になって、ってのがまた。

行間で味わう。どこか内田百閒的。

位置: 4,684
ほんの数秒間、わずか数秒間、ルースがわたしをまっすぐに見上げ、わたしを認めました。最後の戦いを戦っている提供者には、ふっと 明晰 さの瞬間が訪れることがあります。あれもそうした瞬間だったのでしょう。ルースはわたしを見、その一瞬、声は出ませんでしたが、言いたいことがわたしに通じました。わたしは「大丈夫」と答えました。「やってみるから、ルース。できるだけ早くトミーの介護人になる」小さな声でそう答えました。

通じ合った瞬間。自分の人生にも最後に明晰な瞬間が訪れるのでしょうか。

位置: 4,691
その一瞬はたちまち過ぎ去り、ルースも遠くへ去りました。もちろん、ほんとうのところはわかりません。でも、ルースはきっと理解してくれたと思います。

人の死が簡単に書かれる。それでこそ提供者ですよ。味わいだなぁ。

位置: 4,793
手帳のページを見ていると、その思いで心が占められ、どうしようもなくなります。いくら捕まえ、放り出そうとしてもだめです。トミーの絵には昔の若々しさがありませんでした。目の前の蛙は、コテージで見たあの動物たちと確かによく似ています。でも、はっきりと何かが失せていました。苦労の跡が歴然と残っていました。たとえて言えば、昔の絵を必死でコピーしたという感じでしょうか。あの思いが、いくら抑えようとしても湧いてきたのはそのせいでしょう。何をやろうと、もう 手後れではないのか。それが可能な瞬間もあったのに、わたしたちはそれを捕まえそこねたのではないのか。わたしたちがいま考え、計画していることは、どこか 滑稽 で、あえて言えば 不謹慎 ではないのか……。

いつだったか、どこでだったか、判然としないけど、そういう瞬間ってある。何だかこなれちゃってね。初期衝動とは別物になっちゃって。でも、それは産みの苦しみで。分かっちゃいるんだけどね。

位置: 5,130
「ありません。モーニングデール・スキャンダルの前、ヘールシャムが希望の光であり、人道的運営のモデル施設と見られていた頃でさえ、その噂は噂にすぎませんでした。

位置: 5,235
「先生、さっきからおっしゃっているモーニングデール・スキャンダルとは何でしょうか」とわたしは尋ねました。「わたしたちは知らないもので」 「知る理由がありませんものね。世間一般にも広く知れ渡っていることではありませんし。ジェームズ・モーニングデールという科学者がいたのですよ。

なにかあったな、ってのが分かればそれでいい描写。
この辺のサラリと話してお終いな感じ、好きだなぁ。

位置: 5,245
先ほども言ったとおり、世間的に大問題になったわけではないのに、そのあと雰囲気が変わりました。一つの恐怖を思い出させる出来事だったのですね。臓器提供用の生徒たち、つまり、あなた方を作り出すことはしかたがない。でも、普通の人間より明らかにすぐれた能力を持つ子供たちが生まれたら、この社会は、いずれそういう子供たちの世代に乗っ取られる。

その恐怖が、この物語の通底にある。読者はそれを感じながら読む。

位置: 5,351
「マリ・クロードは、あなた方のためにすべてをなげうったのですよ。働いて、働いて、働き詰めでした。これだけは間違えないで。あれはあなた方の味方です。これからもずっとそうでしょう。あなた方を怖がっていた? それはわたしたち全部ですよ。わたしもそう。ヘールシャムにいる頃も、ほとんど毎日、あなた方への恐怖心を抑えるのに必死でした。自室の窓からあなた方を見下ろしていて、嫌悪感で体中が震えたことだってあります……」先生は黙りましたが、その目でまた何かが光りました。「でもね、正しいことをするためには、そういう感情に負けてはなりません。わたしはその感情と戦って、勝ちました。

園長の人生もまた、壮絶だったんでしょうな。
言葉の端々に覚悟を感じます。

位置: 5,655
「ね、トミー? わたしたちが知ったこと、ルースは知らないまま使命を終えたわけだけど、あれでよかったのかしら」
トミーはベッドに寝転がっていました。しばらく天井をにらんでいて、「偶然だな」と言いました。「おれもこの前同じことを考えてた。ああいうことになると、ルースはおれたちとちょっと違ってたからな。君やおれは知りたがり屋だ。最初から──ほんのがきの頃からそうだった。何かを見つけ、知ろうとした。おれたちの内緒話なんて、その典型だな。覚えてるだろ、キャス? けど、ルースは違うぞ。あいつは信じたがり屋だ。知るより、信じるのがルースだ。だから、そうさな、ああいう形で終わってよかったんじゃないか」

トミーは馬鹿っぽいけど、ちゃんと人のことを見ている人だ、ってのが分かる。
ルースは信じたがり。そうですね。

あたくしも知りたがり屋。妻は信じたがり屋。

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