『暗夜行路』 前半と後半で読みやすさが全然違う 2

ハーレムラノベのはしり、みたいな感じです、前半は。

位置: 1,323
登喜子と云い、電車で見た若い細君と云い、今日の千代子と云い、彼は近頃殆ど会う女毎に惹きつけられている。そして今は中でも、そんな事を云ったと云うお加代に惹きつけられている。 「全体、自分は何を要求しているのだろう?」  こう思わず思って、彼ははっとした。これは自分でも答える事のいやな、然し答える事の出来る問いだったからである。

誰でもいいから受け入れて欲しい、そういう童貞のような感情ですかね。穴に惹きつけられてるんですよ。これはもう仕方がない。そういう時期があるもんです、若い頃というのは。

位置: 1,725
夜中 悪い精神の 跳梁 から寝つけなくなると、本を読んでも読んでいる字の意味を頭が 全 で受けつけなくなる。ただ 淫蕩 な悪い精神が内で傍若無人に働き、追い 退けても追い退けても 階下 に寝ているお栄の姿が意識へ割り込んで来る。そう云う時彼は居ても 起ってもいられない気持で、万一の空想に胸を 轟かせながら、 階下 へ下りて行く。お栄の寝ている部屋の前を通って便所へ行く。彼の空想では前を通る時に不意に 襖 が 開く。黙って彼はその暗い部屋に連れ込まれる。──が、実際は何事も起らない。

妄想がすごい。とにかく受け入れてもらうことしか考えていない。謙作くん、だいぶ末期ですよ。

位置: 1,751
生活が乱れるにつれ、頭が濁って来るにつれ、彼のお栄に対する悪い精神の跳梁は段々烈しくなった。彼はこのままの状態を続けて行ったら、自分達はどうなる事か知れないという気がした。 殆ど二十も年の違う、その上祖父の長い間の 妾 だったお栄とのそう云う関係は何かの意味で自分を破滅に導くだろうと云う考えの前に彼は立ちすくんだ

志賀直哉は妄想爆発の状態を「跳梁」と言い表します。
そして、祖父と自分の好みが似ているというしょうもない隔世遺伝にヘドが出る思いです。さすが志賀。

位置: 2,153
高浜と云う処で下りて、汽車で道後へ行って、彼はそこで二泊した。そして又同じ処から船に乗り、 宇品 で降り、広島から 厳島 へ行った。尾道より気に入った処があれば彼はどこでもよかったが、結局四日目に又尾道へ帰って来た。  淡い旅疲れで、彼は気分も頭もいい位にぼやけていた。荷は未だ着いていなかったが、翌日千光寺の中腹の二度目に見た 家 を借りる事にして、彼は町から畳屋と提灯屋を呼んで来て、畳表や障子紙を新しくさせた。

結構謙作は金遣いが荒い。いとこの遺産?だったかしら。とにかく荒い。文筆業をしていて、それなりに読者もいるようだが、なんだかんだいって放蕩。高等遊民というやつかしらね。

位置: 2,598
一ト言に云うとお栄さんは承知しなかった。お前がお栄さんに出した手紙を見せて貰ったが、お栄さんはあれで、大概想像していたらしくお前の手紙を見てそれ程驚かなかった。そして 寧ろ立派な態度で、それはいけない、と云う意味を云われた。俺は感心した。こういうとお前は俺をいかにも頼み 甲斐 のない、お栄さんがそう云ってくれるのを待っていたように思うかも知れないが、──実際そういう気持もあったが、それにしろ、お前の手紙の意味を説明して一ト通りは勧める気で行ったのだ。ところが、お栄さんの態度はそういう隙を 全 で見せない程きっぱりしたものだった。

お栄と謙作とでは人生経験が違いすぎる。とくに男女についてはね。お栄さんはおそらく、謙作の中に祖父を見出し、微笑んでいたんだと思われます。謙作、押せばいけたかもしれん。しかし、それは積極的にお栄の願望ではないということか。

位置: 2,640
その上に一番俺に問題だったのはお前が小説家である以上、若し知れば、そしてその事で苦しめば尚の事、きっとそれがお前の 作物 に出て来ない筈はないと思ったからだ。こういうとお前の仕事にいかにも理解がないと思うだろうが、俺としては今更に母上のそういう過失を世間に知らして、今、 漸く老境へ入られようとする父上に又新しく苦痛を与える事がいかにも 堪えられなかったのだ。

この兄貴というのは物語の良心。小物ではあるが良心ですな。
弟思いでもあり、常識もある。しかしどこか足りない。

位置: 2,673
読みながら、謙作は自分の頰の冷たさを感じた。そして、いつか手紙を持って立ち上っていた。 「どうすればいいのか」彼は独り言を云った。狭い部屋をうろうろと歩きながら、「どうすればいいんだ」と又云った。殆ど意味なく彼はそんな言葉を小声で繰返した。「そんなら俺はどうすればいいのか」

まー、実際、どうなるかね。己の出自をはじめて聞かされたときの気持ち。
即座に受け入れられる人は少なかろう。

位置: 2,953
大袈裟 に三角巾で 頰 被りをした謙作が窓から顔を出していると、爺さん、婆さんは重い口で 切りに別れを 惜しんだ。彼もこの人達と別れる事は 惜しまれた。然しこの尾道を見捨てて行く事は何となく嬉しかった。それはいい土地だった。が、来てからの総てが苦しみだった彼にはその苦しい思い出は、どうしてもこの土地と一緒にならずにはいなかった。彼は今は一刻も早くこの地を去りたかった。

勝手な気持ちだが人間とはそんなもんですね。

位置: 3,413
実際会えばどうだかわからなかった。が、離れていて考えると彼は心から栄花に同情出来た。それには、一方不確かな感じもあった。会ってどうだか知れない人間に対し、離れているが為に同情出来るのだという事は仕事の上からも面白い事ではなかった。

人間、やっぱりそんなもんですよ。

位置: 3,455
謙作は今、栄花の事を書こうと思うと、 嘗て見たその女を憶い出さずにはいなかった。彼は現在の栄花を考え、気の毒なそして息苦しいような感じを持ちながら、然し所謂悔い改めをしてお政のような女になる事を考えると一層それは暗い絶望的な 不快 な気持がされるのであった。本統の救いがあるならいい。が、真似事の危なっかしい救いに会う位ならやはり「 斃 れて後やむ」それが栄花らしい、 寧ろ自然な事にも考えられるのであった。

どこまでも勝手な謙作。人の人生をどうのこうの言っている場合ではないのだ。しかし彼はそれをやめない。そこに身勝手な人間の本質がある気もします。

全体的に謙作は己の身の上を中心に考えすぎて、他人の大きな世話を焼きますね。そういうところ、自分を見ているようで辛い。

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