前回の続き。
講談のようなリズムの良い文章がきもちいですね。
位置: 1,951
「まちっと参りましょう。まちっと、真っ直ぐにお歩きなされませ」 「そうは歩けんよ」 「なぜでござります」 「誰やらが云うた。──真っすぐにあるけば人に突き当り……と。世間はとかく、程よく、よろけて歩くのがよろしいよ」
良雪和尚の言葉なんだけど、何だか好きな台詞ね。程よくよろけて歩くのがよろしい。いいセリフじゃないですか。
位置: 2,421
「馬を買おう、いい馬なら何両でも出すが」 ふだんは田馬も買えない博労までが、俄に大口をきいて歩くのも何か自信がなければやれない事だ。貧しい藩士の屋敷へ行って、金には当然渇いている妻女をつかまえ、首財布から不相応な金をだして見せびらかしたりする。鞍附でも買えば町の中を得意げに轡を鳴らして曳いて通るのだ。それを、人間性のおもしろさ、社会相の自由さと眺めれば、尽きない興味であるにちがいない。浜辺の方はと見れば、ここでも、艀や伝馬船が払底を告げて、廻船問屋は血眼で船頭をひっぱり合っているし、人夫や軽子の労銀は三割方も暴騰ったというが、それでも手をあけている労働者は見あたらなかった。この需要力がどこにあって、何処へ物と人とが吸引されてゆくか見当もつかなかった。だが、とにかく一藩の崩壊を中心として急激に経済方面の変動も起って来たことは争えないことだった。波に乗って機を摑もうとする町人達の捷こい投機心は、もうその方へ奔命を賭けていて、藩札の引換えにわざわざ札座へやって来る時間さえ惜しくなっているらしいのである。
赤穂藩が崩壊したときの城下の様子の記述。
崩壊バブルというか、そういう状況が起こっているのが手に取るようにわかる。吉川英治さん、すごい。
位置: 3,077
内蔵助の指に、紙子縒がぴんと縒れていた。甚だ好ましくない気ぶりを太く結んだ唇が無言に答えている。──こういう過激な感情家は、大野、玉虫などの輩より困る。──と彼は思っているのであろう。悲憤慷慨ということが抑〻嫌いなのだ。涙をすらうっかりは買わない内蔵助なのである。自分がそれに脆いために、こういう際はよけいに心構えの緻密になるのはぜひもなかった。相手が声高になったり、眼に充血を持ったりすればする程、彼は、自分の冷観を必要とする。
そして人間描写の巧みさね。感情家は計算高い輩より困る、ってね。
位置: 5,728
人数は、十九名。 かつてなかった緊密で厳しい会合だった。また、従来のような論争もなく、お互の肚をさぐるような疑惑も一掃され、内蔵助の重たい口から、初めて、 「もはや、この上に待つ何ものもござらぬ。断の一言で足りる」 と、云い出された事によって、一同は、血のわくのを覚えた。光風霽月だった。 「九月上旬までには、上方の残用、一切を果し、十月下旬には、かならず下向いたすでござろう。それまでは、くれぐれも、ただ静かに」
討ち入りを決めた夜のこと。正式に浅野家の取り潰しが決まった夜。それまで内蔵助は昼行灯を決め込み、ただぼーっと遊んで暮らす。いいギャップじゃないですか。
位置: 6,561
「…………」 「木村。……貴公とか、おれとか、小林平八郎ぐらいな、ごく少数のところが、ほんとの吉良の御家来だと思わないか。人数だけをいくら殖やしても、どうして、あの赤穂の死にもの狂いに当れよう。後は、いくらこの邸内に集めても気やすめだ。……そう俺は見ているから、ふだんの御用などには手を出さん。酒でも飲み、力を蓄えて、その日を待っているのが一番忠勤だと信じているからだ」
まるでキャプテンハーロック。この清水一学の覚悟と台詞。いいカタチだ。死ぬことを覚悟した男の生き様。時代錯誤だけど格好いい。この清水一学という男、カッコイイ。
まだまだ語りたいので次回に続けます。
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