『少年の名はジルベール』感想_3 人間で最も厄介な感情は嫉妬

結局、人と関わるってことは傷つくってことさね。
かといって孤独も良くないらしいけど。

位置: 1,490
こういうことが日常的な出来事として起こっていたのだから、「大泉サロン」は私にとって、文化的に豊かな場所であると同時に、自身の表現への不安を日々意識させられるという、精神的に非常にきつい場所にもなっていった。
自分ができないからといって、耳をふさぐ気持ちにだけはなるまいと思うようにしていたが、突きつけられる精神的なきつさは日々大きくなっていく。事実は事実なんだから仕方がない。ちゃんと分析してくれた増山さんを責めてはいけない。自分の能力不足は、自分で静かに受け止めるしかない。もうこの環境で、覚悟してやっていくしかない、とそう心では思うのだが、体調は悪くなっていく一方だった。

きっつー。

位置: 1,665
秋の初めのヨーロッパは、落ち葉が美しい。もちろん停めてある車にも降り積もるが、マロニエや銀杏の葉が大きいからなのか、汚い印象がなかった。枯れ葉も町の風景に欠かせない差し色だという共通認識が人々にあるようだった。  あとで知ったことだが、1900年のパリ万国博覧会の際、パリでは道路工事を行ったが、街路樹をすべて吊り上げ、工事のあとに元に戻したという。文化とはそういうものなのだろう。

そういうものなんだな。
何でも新しくすりゃ良い、ってのはまだ日本人にはありますね。一方で古いものを味わうってのもあるけどね。極端かもな。

位置: 1,783
増山さんはもうピアノの練習をしなくなり、あんなに優しい母親と毎日のようにケンカしている。そして私は、次の出口を探すようにして自分を変える何かを待っていた。そして、「大泉サロン」……この長屋の契約更新の知らせが来たとき、私はついに大泉を離れることを決めてしまったのだった。

一つの時代の終わりを感じさせますね。

しかし増山さんってどこか気になるよね。
この人の自伝も読んでみたい気もする。結構アレな人なんだろうけど。

位置: 1,811
萩尾さんには、彼女に対するジェラシーと憧れがないまぜになった気持ちを正確に伝えることは、とてもできなかった。

本だから言えることもありますよね。
直接じゃないから、ってね。

位置: 1,817
萩尾さんもここから歩いて5分くらいの場所に良い部屋を見つけることができたらしく、これでまた行き来できると安心していた。それを聞いて私の心にはうっすらと影が広がっていったが、その闇を見ないように努めていた。

わかりみ。
やっぱり嫉妬、なんだろうね。

位置: 1,904
完全に私の独り相撲だった。自家中毒ともいえる。
そのころ、萩尾さんの名を耳にするたびに、耳そのものがギュッとつかまれるような感覚があった。誌面でそれを目にするたびに、何度もその名が心のなかを行き過ぎるのを止められなくて苦しかった。その日一日中、繰り返し、そのことを思い出してしまう。自分でコントロールできない状態に陥っているという自覚はあるのだが、打ち消すことが難しかった。どうすれば解放されるのか。せめて離れたかった。

恋より始末が悪そう。
しかし嫉妬ほど厄介な感情はないね。

位置: 1,999
しばらく考えていると、増山さんが近づいてきた。食事ができたよと言う。このころ彼女は私の仕事が軌道に乗るまで、何から何までやり切ろうと、気持ちを立て直してくれていた。彼女は本当は作家志望だし、プロデューサー志向なのに、マネージャーと呼ばれる仕事を任せていたのは、実はこの私だ。どちらも大切な仕事だが、アイデンティティが保てないのは苦しいことだったろうと思う。
食卓を囲みつつ彼女が、「貴種流離譚が、いいよ」と低い声でぼそっと言う。
「えっ、何? キシュリュウリタンって?」
「ほら、光源氏が都から遠ざけられたり、業平が都を離れて東国に下る。要するに高い身分の子が島流しに遭っちゃって、あとで身分がわかるんだけど、それまでは散々な思いをしちゃって、いやしい身分の人に拾われて優しくされながら復讐の機会を待つっていうストーリーのこと」
「ああっ! でも、そんなんでいいの? ありものじゃない?」
「人気があるのは、全部、ありものだよ。絶対に1位取りたいんでしょ?」
ちなみに彼女は、大っ嫌いなものはどこまで行っても嫌いだが、物語の構造そのものの分析は昔から超得意分野である。

デレてるなぁ、増山さん。
しかし、萩尾先生からすると親友ふたりに同時に逃げられたような感覚じゃないかな。

これってトラウマとかいうレベルの話だよね。

位置: 2,280
少女マンガの世界では、単純にライバルに勝つとか負けるとかそういうものが多くて、本当に利己的で冷酷なキャラクターは、なかなか出しづらい。そもそも話の展開がすごく狭い世界のなかだけで行われることが多い。恋愛関係、家族、学校、会社といった小さな世界。ライバル以外だと、いやな上役とか、意地悪な継母みたいな典型的なイメージの人物像しか出てこられないのだ。でも意地悪な継母などというものは、単なる感情のいざこざでしかない。倫理を無視して、世の中をダイナミックに動かすような冷酷さも持つ戦略的な考えとは無縁だ。
個人的な人間関係での感情のいさかいで悪になっているだけで、大きな社会や権力構造のなかで悪にならざるをえない、もしくは戦略的に裏をかくなどして悪を志向するタイプは難しい。

少女漫画の世界、というのを分析して傾向を知っている。
さすがの先生です。

言われてみれば確かにそうかもね。あたくしはそういう小さい閉じた世界の話が逆に好きなんだけどな。

位置: 2,313
エジプトの描き方にしても、それがもっと優雅な世界のなかで展開されていないといけないのだ。『王家の紋章』のように。戦いひとつでも、ベルサイユ宮殿のなかで戦うくらいのケレン味が必要なのだ。私が描いていたのは、砂嵐とか水の、自然の風景とともにある世界だ。

ケレン味、いい言葉だ。

位置: 2,324
連載当初、作品というものは自分の言いたいことを主張する手段だと思っていたが、そのうちに、読者は作者の自己主張なんか押しつけられたくはないんだと気づけたのが大きかった。自分のまわりでは実際には起きないようなことを疑似体験するうちに主人公に同調し、いつのまにか読者自身が新しい自分自身を発見している……そんな物語こそ、読者にとって価値がある。

達観だね。
落語で言うところの「笑わせようとしなくなる」ってやつかな。
感情を無理に入れない。

位置: 2,425
爆発的な人気を得た『 地球 へ…』は、東映動画でアニメーション映画化され、小学生までもが主題歌を歌ってくれた。『風と木の詩』とは違って、メジャー感が溢れる、陽の当たる場所の物語といえる。

正直、『地球へ…』は難解すぎてよく分からなかったんですよね。おい、38歳。
また読むかなぁ。

位置: 2,467
「Yさん、Yさんって、私の作品、本当は好きじゃないんでしょう?」と。 「……」と、Yさんは押し黙ってしまった。
「はっきり言ってください。『風と木の詩』も、本当は嫌いなんでしょ?」
「……いや、そんなことはない。面白い。面白いとは思うよ。だけどな……」
「だけど、何ですか?」
「ちょっと……な」と、なおもYさんははっきりしない。

ちょっとした痴話喧嘩です。ちょっと屈折しててなお面白い。

しかしなんだな、本当に嫉妬というのは厄介ですね。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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