『黄色い部屋の謎』感想 ガストン・ルルゥの著、ひたすら長いが高いエンタメ性!

『十角館の殺人』に出てくる人たちの中で、ガストン・ルルーは読んだことないな、と思って読みました。

フランス有数の頭脳、スタンガースン博士の住むグランディエ城の離れで、世にも恐ろしい惨劇は起きた。内部から完全に密閉された《黄色い部屋》から響く女性の悲鳴。ドアをこわしてはいった一同が目にしたのは、血の海の中に倒れた博士の令嬢マチルドの姿だけ……犯人はどこへ消えたのか?この驚くべき密室の謎と、その後も続発する怪事件に偉大な知性で挑む、弱冠18歳の新聞記者ルールタビーユの活躍。密室ミステリの金字塔にして、世界ベストテンの上位に選ばれる名作中の名作。

トリックは画期的だったかもしれないけど、中身の冗長さが気にはなりました。
トリックは本格なんだろうけど、持って回った筋がどうも物語そのものの価値をぼやかしている気がします。

位置: 1,746
正直に言うと、ルールタビーユの言ったこの文句が私には少しも理解できなかった。いったいどういうわけで、彼はこの男に向かって《いよいよ、焼きたての肉を食わなきゃならんことになるだろうよ》などと言ったのだろうか? そしてまたどういうわけで宿の亭主は、ルールタビーユの言ったこの文句を聞いたとたんに、思わずいまいましそうな呟きを洩らしながら、すぐそれを押し殺すようにして、素直に私たちの注文に応じ始めたのだろうか。ちょうど、ロベール・ダルザック氏が《司祭館の楽しさはいささかも薄れず、あの庭のみずみずしさもまた同じ》というあの何やら啓示めいた言葉を聞いた時と同じだった。

ルールタビーユ(この名前も、生涯この物語以外で使うこともなかろう)の若干20歳にしてのこのもったいぶったやり方、好き。物語としてはワクワクしどころ。

ルールタビーユの観察力・洞察力すごすぎな件。

位置: 1,837
「それは確かかね?」 「それこそ天国があるってこととおんなじくらい確かです

それって全然確かじゃないじゃん、と消極的無神論者の自分は思う。

位置: 2,863
「五分前まで犯人を知らなかったきみが、どうして犯人を今晩待ち受けるなんて言うことができるんだね?」
「犯人が当然、 やって来なければならないはずだということをぼくは知っているからさ」

ルールタビーユ、カッコいい。。。。
探偵の腕の見せ所やね。

位置: 3,543
彼らはスタンガースン博士の所有地で密猟をやっていた、そうして、事件が起こった時彼らが離れの近くにいたのは、ちょうどその晩密猟に出かけていたためだった、と白状した。こうして、スタンガースン博士の目をかすめてくすね取った兎は、《天守楼》のおやじに売られ、おやじはそれを客に出したり、パリへ流したりしていたわけだ。真相はつまりそういうことで、ぼくには最初からわかっていたんだ。《天守楼》へ行った時ぼくが《いよいよ、焼きたての肉を食わなきゃならんことになるだろうよ!》と言ったのを覚えているかね? この文句は、あの朝われわれが城の門前へ着いた時耳にした言葉だ。

いろんな人が自分の利益を守ろうと嘘をつく。焼けた肉の下りもそうだ。
それを一個一個見破っていった先に、少しずつ真実が見えてくる。

今のような娯楽に溢れた世界じゃなかったら、あたくしもこの本に夢中になれたかもな。
丁寧にそのあたりが、そしてリアルに、描かれているのはよく分かりますよ。

位置: 4,415
ここに手紙があります……。ダルザック氏が出廷される日にぼくが帰って来ないようでしたら、証人の尋問が一とおり終わったところで、この手紙を法廷であけてください。ロベール・ダルザック氏の弁護士とそのことをおうち合わせ願います。ロベール・ダルザック氏は無罪です。 この手紙には、 犯人の名前が書いてあります。

またまたww
これもすごい先回りした理論だ。読者を置いてきぼりにして、ページを捲らせるのが探偵小説の醍醐味だと言わんばかり。

この感覚が好きな人にはたまらんでしょうね。自分も好き。

位置: 4,479
アンリ=ロベール弁護人は、評判どおりの目ざましい老練ぶりを見せ、このちょっとした場面を巧みにとらえて、道徳的義務というものは偉大な心の持ち主だけがこれをみずから背負う勇気があるのだと暗にほのめかすことで、被告の黙否行為そのものから被告の気高い性格を強調しようとした。

もってまわった表現だなぁ、好き。
老練そのもの。

位置: 4,519
狂気のような混乱であった。誰も彼もがルールタビーユを見ようとしている。裁判長は傍聴人全員に退廷を命じるぞと叫んだが、その声さえ聞こえないほどの大騒ぎである。その間に、ルールタビーユは、起立席と椅子席の境の手すりを躍り越えると、人々を肘でぐいぐい押し分けながら、《エポック》紙の社長のそばへ歩みよっていた。そして感極まって彼を抱き締める社長から、預けておいた《自分の》手紙を受け取ると、それをポケットに押しこんで、法廷内の特別傍聴席になっているところにはいりこみ、押されたり押し返したりしながらも、顔には幸福そうに微笑を浮かべ、頬を紅潮させ、丸く大きい知的な目を晴れ晴れと輝かせながら、とうとう証人席の前まで進み出た。

ヒーロー見参!の場面。かっこいい。
演出だと分かっていても、とにかく格好がいい。

待ってました!日本一!
と、言いたくなる。

位置: 4,558
「さあ、ルールタビーユ君、言ってみなさい。犯人の名を聞こうではありませんか」と裁判長は促した。
ルールタビーユは、おもむろにチョッキのポケットを探って、すこぶる大型の懐中時計を取り出すと、時間を見てから言った―― 「裁判長殿、犯人の名は、六時半にならなければ申しあげられません。 それまで、 まだ、 たっぷり四時間はあるわけです」
驚きと失望の軽いざわめきが広がった。弁護士たちの中には、「われわれを愚弄する気か」と声に出して言う者もあった。

当然の反応だよね。しかし、心地いい。
ほんと、読者を置いてきぼりにするのが好きな人だ。ガストン・ルルー。

趣味が良い。

位置: 4,575
フレデリック・ラルサンは言った―― 「裁判長殿、ジョゼフ・ルールタビーユ氏の陳述を聞くことは、有益なことと存じます。ことに、氏の意見は私と異なっているのですから、それだけになおさら、聞いてみる価値がありましょう」  賛意をこめた賞賛の囁きが、この探偵の言葉に対して起こった。ラルサンは正々堂々とルールタビーユの挑戦に応じたのである。

好敵手としてこれ以上無い対応。
フランス文学だけあってロマンチック。

位置: 4,679
「裁判長殿、これからまだ三時間三十分、たてつづけにそのことをおたずねになろうとご自由ですが、私は六時半にならなければ、この点については、何もお答えできません」
この時起こった廷内のざわめきには、もう敵意も、失望の響きもなかった。みんな、ルールタビーユに信頼をもち始めていたのである。《彼の言葉を信用していた》のである。そして友達と落ち合う時間でも約束するかのように、裁判長に向かって、はっきり時間を切ったりする彼の態度を、面白がっていたのである。

このルールタビーユの態度たるや。
悪党的ともいえる清々しさ。

でもこれは人気になるな。

位置: 5,278
「もう一つだけ質問がある。これもやはりきみの主張を認めるわけだが、ラルサンがロベール・ダルザック氏に嫌疑がかかるようにしようとしたということは、われわれにも納得できる。が、ジャック爺さんにも嫌疑がかかるようにしているというのは、いったい、それでラルサンにどういう利益があるのかね?」
「それは《探偵としての利益》です! 自分が作りあげておいた証拠を自分でくつがえして、快刀乱麻の見事な腕前を示すという利益です。まったく、たいした知恵ですよ、こいつは! これは、自分にかかってきたかもしれない嫌疑をそらしてしまうのに、彼がしばしば用いた手です。ある者を犯人に仕立てるために、まずもう一人の者の無罪を証明するのです。裁判長殿、考えてもごらんなさい。今度みたいな事件になると、ラルサンにしても、あらかじめ長いことかかって《じっくり煮つめた》ものにきまっています。

言われると、「そうか!」ってなるけど、実際冷静に鳴ると「そうか?」ってなる。

まぁ、読んでいるときは興奮して納得しちゃうんだよね。

位置: 5,476
彼女は、心に誓ったことを守りつづけた。しかし、バルメイエが死んだという噂が伝わって、それを信じた彼女が、すべてをロベール・ダルザック氏にうち明けて、あれほど長い間罪ほろぼしの生活をしたあげく、やっとこの信頼できる友と結ばれるというこの上もない喜びを心に味わおうとした時、運命は、彼女の前にあのジャン・ルッセル、すなわち若き日のバルメイエを再生させたのである! バルメイエは、彼女に、ロベール・ダルザック氏と結婚することは決して許さない、《自分はいまだに彼女を愛している》ということを知らせた。

ノワールといえばノワールなんだけどさ。
しかしバルメイエはひどい。ドラマチックではある。

結構後出しジャンケン的な「実はこうだったのだ」的手法が散見されるため、王道ではないとは思います。ミステリというよりドラマに重きをおいたのかな。しかし、面白い。

解説by戸川安宣さん

位置: 5,575
「いまから五十年前の『黄色い部屋の謎』は、現代推理小説を読み馴れた読者にとっては、やや古色蒼然たる感じがするかもしれない。だがここに盛られた幾つかの独創的なトリックは、本格推理小説の最高水準を示すもので、世界的な古典傑作として愛好家必読の作品といわねばならない」と、旧版の「解説」で中島河太郎は述べている。

確かに、1959年ですからね。
今の水準で語るだけでは、足りないかもしれない。

トリックは良かった。しかしフーダニットに関しては現代の水準では及第点とはいえないのではないか。

位置: 5,601
『黄色い部屋の謎』には説明されないまま次作に持ち越されてしまう謎が 数多 出てくる。単独作としてみる場合、それは明らかな欠陥だ。さらには、現代本格として見るならば、説明や描写なしにいきなり明かされる事実がいくつかあって、伏線を張り巡らし、読者とフェアに渡り合う、という謎解きミステリの観点からすると不満に思える個所も散見される。
しかし、にもかかわらず、である。頻出する不可解な謎、二大探偵による推理合戦を交えて展開される論理の妙、そして不可能状況の解明と犯人の正体を含む意外性、とどれをとっても本書は一級品だ。

そう言われると、反論する気はない。確かにそのとおり。

The following two tabs change content below.
都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする