『羆嵐』感想 パンデミック中に読む面白さ 2

落語の根底には飢えと寒さがある、とは談志師匠の言ですが、開拓民を綴ったこの本の根底にもありますね。

位置: 1,825
たしかに人がどれほど集ってきてくれても解決にはならない、と区長は思った。警察という組織も、結局は人間の集合体にすぎず、羆の前では無力に近い。それは凶悪な犯罪者を捕える能力をもつ組織ではあっても、羆に対しては非力な存在にすぎぬかも知れぬ、と思った。
区長には、鬼鹿村の銀四郎が特異な存在に感じられた。かれは、単独で山中に入り羆を斃すという。それは信じがたいことだが、かれはそれを現実に果し、仕とめた羆の数は百頭を越えると 噂 されている。

スペシャリストの凄さですよね。
シン・ゴジラではスペシャリストが寄り添ってゴジラに勝ちますが、羆嵐ではたった1人の男に委ねられます。

位置: 1,936
区長のまわりに、三毛別、六線沢の者たちが集ってきた。かれらは、無言で他村の者たちをながめていた。
かれらはそれぞれの村に去ってゆくかも知れぬ、と区長は思った。かれらの間に三毛別、六線沢の者もまじっているが、身につけたものの貧しさで区別はすぐについた。
他村の者たちからみれば、三毛別、六線沢は不毛の地であり、渓流沿いのわずかな平坦地を開墾し耕作していることを奇異にも感じるだろう。そうした無価値に近い土地に侵入した羆を、死の危険を 賭してまで 斃 さねばならぬ必然性を 見出せぬかも知れなかった。

開拓民の中にも貧富はある。それは地域によって明確に違う。
日本史では貧富の差は米作りで生まれた的なことになってますが、実際はどうだったんかね。人間が社会的に生き始めてからずっと、貧富の差はあったような気もします。

位置: 1,970
「鬼鹿の銀四郎という者は、本官もよく知っておる。留置場に三回ぶちこんだ札つきの男だ。そのような者を呼ぶために二度も使いを出すとは呆れ果てた者どもだ。銀四郎などの手を借りることはない。警察を 愚弄 するのか」
分署長は、声を荒らげた。
区長は、弁明する言葉もなく口をつぐんでいた。
かれは、警察も救援隊の者も信頼できなくなっていると言いたかった。たとえ素行の悪い銀四郎ではあっても、羆撃ち専門の猟師であるかれに頼る以外に方法はないとも言いたかった。が、分署長を指揮者として一つの組織が構成されている中で、自分のとった行為が規律をおかしたものであることはあきらかで 叱責 を受けるのも当然であった。かれは、ただ頭をさげつづけていた。

これ、分署長の気持ちも分かるし、区長の気持ちも分かる。
あたくしがどっちの立場でも、同じ様に振る舞うんじゃないかな。人間ってそんなもんだ。そして腕のあるやつはたいてい素行が悪い。

位置: 2,041
男たちは、銀四郎の表情を見つめた。銀四郎も区長の視線の方向に眼を据えている。
「殺された者たちの体は、まだ家の中におかれたままだそうだな」
銀四郎の言葉に、区長たちはうなずいた。
「それなら、まだいる。クマがいくら大食だといっても五人の人間の体を四日間で食いつくしはしない。楽しみながら食うから、まだはなれてはいない」  かれは、淡々とした口調で言った。

位置: 2,580
「死んでいるのか」
と、銀四郎に声をかけた。
「毛がしおれている。掌もひらいている」
銀四郎は、低い声で答えた。
区長の胸に、羆の死がようやく実感として強く意識された。急に激しい 嗚咽 が咽喉につき上げてきた。

プロフェッショナルの言は重い。
取材のなせる業だなー。

位置: 2,698
どこの村でも、村の者を食い殺したクマを仕とめると、必ず村人総出でその肉を食う。それが、仏への供養だ」
かれは、言った。
男たちは、口をつぐみ肉塊に眼を向けた。
仕来りか、と区長は胸の中でつぶやいた。かれも、銀四郎の口にしたような話をきいた記憶があった。それは、アイヌの宗教的な儀式の一つで、羆の肉を食わなければ被害者の埋葬もおこなえぬときいた。銀四郎は、どこの地でもおこなわれている習慣を口にしているにすぎないのだ。

プロフェッショナルへのリスペクトがすごい。
しかし、クマより怖いのは人間ですよ、ほんと。
コロナ禍の中で読むとなお染みるね。偶然って素敵。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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