『忍ぶ川』感想 自意識が邪魔をしすぎている 1

芥川賞だそうな。

兄姉は自殺・失踪し、暗い血の流れにおののきながらも、強いてたくましく生き抜こうとする大学生の“私”が、小料理屋につとめる哀しい宿命の娘・志乃にめぐり遭い、いたましい過去をいたわりあって結ばれる純愛の譜『忍ぶ川』。読むたびに心の中を清冽な水が流れるような甘美な流露感をたたえた芥川賞受賞作である。他に続編ともいうべき『初夜』『帰郷』『團欒』など6編を収める。

基本的には私小説的。
なので短編だけど繋がっているみたい。

この文章を美しいとするかどうかは、人次第だと思いました。登場人物の心情が純粋すぎてちょっと感情移入しづらかったかな。

  • 忍ぶ川

タイトルにもなった短編。

位置: 629
姉が両手で、ふるえる父の右腕をおさえたが、父はなおも歌おうとし、膳のふちをたたく音が高まるばかりなのであった。
私は、ちいさく争う三人を、ただだまって見ていた。うちつづく子らの背信には静かに耐え得た父母も、こんなささやかなよろこびにはかくも 他愛 なくとり乱すのである。私は、そうしてもつれあう三人の、はじめて味わう愉悦を 想い、ふいに声をはなって泣きたいような衝動に駆られた。志乃は、目のふちを赤くして、ただ無心にわらっていた。

家族愛みたいなものを書いてますが、ちょっと綺麗すぎやしませんか。いいシーンですけどね。純粋に「美しい」と思えるほど素直にできていないというか。

毒のない薬に病気は治せない、なんて思いましたね。

  • 初夜

位置: 741
「そんなことをいうなら、ほんとうのわけをいおうか。僕はね、自分の子供をもつのが、こわいんだよ。」
私がいうと、志乃は、それで思いあたったというふうに、うなずきながら足もとに目を落した。あるいは志乃も、私の妻になろうと決意したとき、そのことをいちどは考えてみたかもしれなかった。
「なぜ、こわいか、わかる?」
「ええ。」
私は、あのいやなことを、いまここで語らずにすむ、助かったと思った。

志賀直哉『暗夜行路』を読んだ直後だからでしょうか、己の背負った「血」の業のようなものに意識的ではあります。しかし、この主人公の「血の呪い」ってそこまでかしら。

別に父も母もいい人だし、自分が子どもを作らない理由としては、あんまり「血」とか説得力がないように思いますな。なんでもかんでも遺伝子に帰結させていたら、生きづらかろうに。

位置: 763
私は、血というものに思い至った。私たちきょうだいを 数珠つなぎにしている血、そのものが、病んでいるのではないかとうたぐったのである。そうして、私が 呪わしかったのは、そのきょうだいたちの病んだ血が、私自身のからだをも流れているという、うごかしがたい現実であった。

『暗夜行路』の「不実の子」に比べると、やや自意識が過剰な感じがします。それは不幸なことだけど、そこまで悲観することでもないような気がする。

位置: 887
「おい、忘れもの。入れといてくれ。」
いいながらふりむくと、目の前に、しゃがんだ志乃の背面があった。私はふと、その背面の思いがけない量感に目を 惹かれた。志乃は、無言でふりかえると、肩ごしに私をみつめた。その志乃の目の色が、なぜだか私の未練を 煽ったのである。

「未練を煽った」、良いフレーズですね。程よく扇情的。

位置: 903
「まあ、失敗は失敗として、問題はおなかの子だけど、あんたはどうする?」
「あたしですか? あたしは産むのはやめにしたいと思うんですけど。」
志乃はまっすぐに私を見ながら、おどろくほどはっきりと、そういった。私は、かえって拍子ぬけした。
「あんたがそうしたいなら、それに越したことはないけど、それにしても、ばかにあっさりしてるんだね。」
「ええ。だって、こんなからだになってから、毎日このことばかり考えていたんですもの。そりゃ、あなたとの約束のこともありますけど、あたし自身にしたって、まちがってできた子供は、なんだか産みたくないんですよ。」

偉そうなこと言いながら避妊に失敗。しかも単なる過失で。
しかし当時の方々も、堕胎に前向きだったりするのね。勝手にそういうのに厳しい時代だとおいう思い込みがありましたんで。昭和前半ってね。

位置: 919
一年半ぶりに、やっと二人だけの生活をもつことができたのであった。けれども、その生活は最初から容易ではなかった。私に職がなかったからである。私は卒業の年、ある新聞社の入社試験をうけ、試験のはじめに克明な家庭調査を書かされて、けれども私は、私のきょうだいたちの 生涯 について一行も正直に書くことができず、それきり試験を放棄してしまって以来、就職の意志をうしなっていた。

だから、そこまででもないでしょう。
今とは違って生育環境が重要な採用要素になっていたのはわかりますよ。でもね、そんなもん、どうとでも書けるんだ。
意思の問題ような気がしますがね、単純に。

位置: 954
私には、もはやどのような逸脱の自由もなかった。私の兄や姉たちには、ほしいままの自由があった。 彼等 は、私を 尻目 にみて、「あいつがいる。あいつにあとをみさせてやろう。」と 呟いて、思うさまに堕ちていった。けれども、最後にとりのこされた末弟は、うしろをふりむいても、なにもない。腰のところに、女が三人、無職貧窮の私をたのもしげに仰ぎみているだけである。
私は、いまこそ、きょうだいたちの亡霊と 訣れるべきときだと思った。

遅いよー。気づいたのでいいですが。「そこまでクヨクヨすることか!」ってな感じ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする