『夜は短し歩けよ乙女』 何度目だろうか、読むの③

何度読んでも名作。

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映画も観て、改めてゆっくり読むと、風景描写が抜群に上手いことに気づきます。あれ、上手い、のかしらん。好みだ、くらいか。

我々を誘うように、竹林の中に提灯がぶら下がっていました。その奥に煉瓦造りの煤けた煙突が一本立っていて、そのわきに下へ降りる螺旋階段がありました。  そこを降りると、狭い三和土に出ました。  曇り硝子の嵌った引き戸を開けると、むわっと湯気が漂います。引き戸の向こうには櫓のような番台があり、真鍮の鍵がついた木製のロッカーが壁をふさぎ、簀の子を敷いた床には脱衣籠が並んでいます。
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正面の一番奥には大きな柱時計が銀色の振り子を揺らしていて、その傍らにある蓄音機から掠れた音楽が流れています。  窓際には私がすっぽり入るような青磁の壺があるかと思えば、瓢簞を抱えた狸の置物や、運動会の大玉転がしで使えそうなほど大きな地球儀があります。板張りの壁には、般若や狐や烏天狗の仮面、瀧を登る鯉が描かれた錦絵、不気味な海老を描いた油絵などが脈絡なくひしめいています。
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コミカルでドメスティックな品々が目に浮かびます。

そういや、鯉職人の東堂さんのイメージが、映画ではだいぶ違いましたね。僕はもっと恰幅が良くて天パなイメージがでした。

また、この本のすごいところは、本を礼賛しながらも、最終的には本を捨てて街に出ようという気持ちになるところですな。四畳半もそういえばそうか。自分のこだわりを捨てて乙女のように大股で世の中を闊歩せよ!ということなのか。

あと、やはり言い立てというのは面白い。内容があればあるほど面白い。
先日、黒岩涙香がテーマの」涙香迷宮』という名作を読んだばかり。これも一つのご縁でしょうな。なむなむ。

「あんたがさっき見てた本たちだって、そうだな。つなげてみようか」 「やってみろ」 「最初にあんたはシャーロック・ホームズ全集を見つけた。著者のコナン・ドイルはSFと言うべき『失われた世界』を書いたが、それはフランスの作家ジュール・ヴェルヌの影響を受けたからだ。そのヴェルヌが『アドリア海の復讐』を書いたのは、アレクサンドル・デュマを尊敬していたからだ。そしてデュマの『モンテ・クリスト伯』を日本で翻案したのが「萬朝報」を主宰した黒岩涙香。彼は「明治バベルの塔」という小説に作中人物として登場する。その小説の作者山田風太郎が『戦中派闇市日記』の中で、ただ一言「愚作」と述べて、斬って捨てた小説が「鬼火」という小説で、それを書いたのが横溝正史。彼は若き日「新青年」という雑誌の編集長だったが、彼と腕を組んで「新青年」の編集にたずさわった編集者が、『アンドロギュノスの裔』の渡辺温。彼は仕事で訪れた先で、乗っていた自動車が列車と衝突して死を遂げる。その死を「春寒」という文章を書いて追悼したのが、渡辺から原稿を依頼されていた谷崎潤一郎。その谷崎を雑誌上で批判して、文学上の論争を展開したのが芥川龍之介だが、芥川は論争の数ヶ月後に自殺を遂げる。その自殺前後の様子を踏まえて書かれたのが、内田百の『山高帽子』で、そういった百の文章を賞賛したのが三島由紀夫。三島が二十二歳の時に会って、『僕はあなたが嫌いだ』と面と向かって言ってのけた相手が太宰治。太宰は自殺する一年前、一人の男のために追悼文を書き、『君は、よくやった』と述べた。太宰にそう言われた男は結核で死んだ織田作之助だ。そら、彼の全集の端本をあそこで読んでいる人がある」
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自分もことごとく恋愛に失敗してきた口なので、このあたりの葛藤は他人事とは思えない親近感を感じるのです。それでいて結論はやっぱり全く一緒。「だったら明日死んでも悔いはないか?」というのは恋愛だけでなく全ての人生の指標となるに足る重要な判断基準であります。

「しかし、諸君!」  私は両手を上げ、満場の論敵たちに向かって掠れた声で叫んだ。 「しかし、そこまで徹底して考えろと言うのならば、男女はいったい、如何にして付き合い始めるのであろうか。諸君の求めるが如き、恋愛の純粋な開幕は所詮不可能事ではないのか。あらゆる要素を検討して、自分の意志を徹底的に分析すればするほど、虚空に静止する矢の如く、我々は足を踏み出せなくなるのではないか。性欲なり見栄なり流行なり妄想なり阿呆なり、何と言われても受け容れる。いずれも当たっていよう。だがしかし、あらゆるものを吞み込んで、たとえ行く手に待つのが失恋という奈落であっても、闇雲に跳躍すべき瞬間があるのではないか。今ここで跳ばなければ、未来永劫、薄暗い青春の片隅をくるくる回り続けるだけではないのか。諸君はそれで本望か。このまま彼女に想いを打ち明けることもなく、ひとりぼっちで明日死んでも悔いはないと言える者がいるか。もしいるならば一歩前へ!」
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そういえば、森見さん新作だしたんだよね。まだ買ってないのよ。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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