『白昼の死角』のタイトルの妙

しかし、詐欺師というのは凄い。あたくしにゃ絶対出来ない。

位置: 2,189
「大衆は、株というものは買えば上がるとしか思わないよ。だから、一割の証拠金だけで差額がとれると考えたら、必ず飛びついてくるとも。たとえば一万円の金があって、これで百円の株を買うなら百株しか買えない。十円上がっても千円しか儲けにならないが、一割の証拠金なら千株買えるから、一万円の儲けになる。これなら必ず飛びつくはずだ」 「それからどうする?」 「その証拠金で、こちらは売りにまわるのだよ。むこうは株の上がることしか考えないから、手数料をひいて一割上がったら倍になるとばかり思っている。ところが逆に一割下がったら、この証拠金はパアになる。これをこちらがいただくのだ」

今でもこの手の商法はありますよね。FXだのなんだの。詐欺ではないけど、ギャンブルに近い。人はギャンブルが好きだからね。あたくしはその点、あまり人らしくない。

位置: 2,393
戦後派ということは、義理も人情もふみにじって、理屈と 算盤 で、人生のすべてを割りきろうとするが、それがどういう結果になるかは、君たちもわかったろう。

ゆとりはマイペースだ、と同じような根拠のない批判。しかもその派閥を生んだのは自分たちかもしれないということに無自覚である。こういうことをいう大人になりたくはないね。しかし、この手の大人も生存戦略としてそういうステレオタイプを持っているだけかもしれないってんだから、げに人間社会は難しい。

位置: 2,792
そのある人間というのは、前科一犯の詐欺師で、口のうまいことにかけてはたいへんなもの……。誰がだまされたところで、ふしぎはないのです」 「それで、その男は?」 「いずれ刑務所へ行くでしょう。ただそのときの罪名は、窃盗でもない、詐欺でもない。預かった手形を横領しただけのこと、これは判例によりますと、懲役二年がせいぜいです」

大きな詐欺を小さな詐欺で食い止める。すごい発想ですよ。ブタ箱に入ることを厭わない人間を使った、いわば肉を切らせて骨を断つ作戦。すごいけど、憧れないな。平凡が一番。

位置: 3,428
「三月危機には、中小企業の一部倒産もやむを得ない」  これは、この年の三月一日、大蔵大臣 池田勇人 が国会で言明した言葉だった。  この放言はもちろん、「貧乏人は麦を食え」以上の暴言として、世間から猛烈な非難をあびたが、現実の姿はさらにきびしかった。

池田勇人というひとはそういう人だったんでしょうね。麻生太郎もその系譜といっていいのか。自民党だなぁと思います。

位置: 3,470
女性がダイヤの光に眼をくらまされることは、「 金色夜叉」以来、不変の真理だと、そのとき七郎はふわりと思った。

結構、金色夜叉好きよね、高木さん。よく引き合いに出される。金融の話だからかな。金と性差というのはついて回るテーマですからね。

位置: 4,434
「いまのうちに、せいぜいパクれるだけパクって 罐 詰 でも買いこんで疎開するか」  冗談のように言ってはいるが、木島と九鬼の言葉や顔の表情には、この戦争のみじめさ苦しさを身をもって体験してきた、戦中派だけの持つ深刻な不安があった。

戦中派、という人たちとほとんど話した記憶がない。じいちゃんとか90代だったから、もしかしたら戦中派なのかな。でも戦争の話はほとんどしなかったな。もともと無口な人だったけど。

位置: 4,865
「しかし、これだけはことわっておく。この後始末がすんだなら、君は僕からはなれて、独立してくれたまえ」
良助は、うたれたように身をふるわせた。
「なぜ、なぜだ?」
「それぐらいのことがわからないのか? 犯罪は戦争と同じこと、命令にはぜったいに服従することが必要なのだ。君は江沼教雄の裏切りを責め、これを殺して秘密を保とうとした。その気持ちはわからないでもない。ただ君は暴力はぜったいに使うな――という僕の指令を裏切ったのだ」
「………」
「人間のあらゆる情熱は、窮極のところ黄金にとどめをさす。これはサマセット・モームの名言だが、そういう意味で、僕の計画していることは、もっとも非情なもっとも情熱的な犯罪だ。一度はともかく、二度までも暴力を使った人間と、僕は今後の行動をともにできない」

色は年増にトドメさす、ってぇますがね。サマセット・モームは「黄金」なんだそうな。このへんの冷徹さは読者をドキリとさせます。どうして詐欺にこだわるのか。この人なら普通に勤めても興しても大成したろうにね。

位置: 5,239
「帝国通運のいっさいの権利――、偽造手形までふくめてだが、それを渡して、彼に秘密をまもらせるしか方法はない」
「なんだって!」
木島も九鬼も、これにはびっくりしたようだった。毎月三百万以上の金を産んでくれる大財源を渡さねばならないのか、と言いたげな表情だった。
「君たちの気持ちはよくわかる。しかし、あちらのほうの仕事をこれ以上つづけていくのは、危険このうえもないことなのだよ」
「どうしてだ?」
「君たちも知っている伊達珠枝――。彼女はこのごろ、自家用車など乗りまわしている。運転手つきのビュイックだ。もちろん、亭主のほうが、毒を食らわば皿までという心境になって、自分でも大胆な使いこみをやりださなければ、課長ぐらいの分際で、女房がこれだけの車を乗りまわせるわけはないが、そういう不正な 贅沢 が、いつまでも人の眼につかないですむと思うのは、たいへんな考えちがいだよ」
「なるほど、それではむこうの経理の不正の発覚は、時の問題だというわけだな」
「そうだとも。あと半年か一年か、まず二年とはもつまいな」
七郎は二人の顔を見まわして、
「たとえはおかしいかもしれないが、ああいう仕事はトランプにすれば、ジョーカーのようなものだと思うよ。ある場合には、ほかのどういう札よりも強い万能の切り札だが、逆に ばば抜き という遊びでは、これを最後まで持っていた人間が貧乏くじをひくことになる」

嫉妬や承認欲求に狂った女と、それを冷静にみる七郎。手に汗握る部分。またどんどん七郎の気持ちになっていくから不思議。ジョーカーは切り札でもあり、しかし最後まで持つとババになる。結構汎用性の高い教えだと思われますね。

しかし、良いタイトルだな。『白昼の死角』。まさに、って感じよね。

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