村山由佳さんのです。
読書家の知人に勧められて手を付けたら、あれよあれよと読了。読みやすいのが何よりですね。
青くて青くて、35歳のおじさんにはちょっと眩しすぎる衒いもありますが、またそれもよし。10代のころに読んでたら好きになっていたかしら。でも男子校だったしな。異世界の話として楽しめたかな?嫉妬の嵐に狂ったかもしれない。
位置: 77
見れば見るほど、きれいな横顔だった。学校の美術室に置いてあった 石膏 のアリアスの胸像に、その横顔はとてもよく似ていた。端整で清潔。少し 憂いをおびた、寂しげな雰囲気。……年はいくつくらいだろう。たぶん僕よりだいぶ上だと思う。ぱっちりと肩のところで切りそろえられたまっすぐな髪を、左側だけ耳のうしろにかけている。それは、思わずデッサンしたくなるほど形のいい耳だった。彼女はそのうすい耳たぶに、小さなプラチナのピアスをしていた。それはまるで、桜の花びらに水のしずくがのっているみたいに見えた。 肩からかけているバッグのサイドポケットには、文庫本が一冊はさまっていた。そっと伸び上がって背表紙をのぞき込むと、それはハインラインの『夏への扉』だった。二、三年前に読んだそれが、とても気持ちのいい小説だったことを思い出して、僕の口もとは思わずゆるんだ。位置: 502
「私も、アーヴィングの熊さんは大好きよ」
「ハインラインの猫も?」
きょとんとしている。
「電車の中で。『夏への扉』」
彼女は笑いだした。
「なあんだ、超能力でもあるんじゃないかと思っちゃったわ。そうね、あの猫も素敵だった。ジンジャー・エールを飲むのよね」
彼女は二、三度うなずき、またくすくすと笑った。
『猫』をもった美女に電車で会い、おやじの入院先で再度会う。それだけで運命を感じる。男というのは本当にろくでもない。でもそのハインラインというチョイスが絶妙。ダン・シモンズとかイーガンだったらちょっと声かけずらいかも。
位置: 418
暖かくはなりきれない春の風が 額 や首筋を 撫でていった。少し肌寒さを感じて上着の 襟 を立てる。東映の撮影所を通り過ぎ、 関越 をくぐって、なおも道なりに北へ北へとこぎつづけていくと、やがて陸上自衛隊の 朝霞駐屯地と演習場の近くに出る。親父のいる病院は、そこからしばらく行ったところの、ひらけた台地に建っているのだった。
自分が育った練馬の風景。なんだか他人ごとじゃないような気がしてくるから不思議。10代のころ読んでたらシンクロしちゃって勝手に盛り上がって大変だったかもしれませんね。
位置: 595
柔らかい霧のような雨が幾度か降り、そのたびにあたりは暖かさを増していった。
ふつうの桜がすっかり散り終わって、入れ替わりにちり紙細工のような八重桜が満開になると、連日のように強い春の風が吹き荒れ、畑や空き地の砂ぼこりをもうもうと舞いあげた。
シンプルだけどいい描写。こういうのがあると物語に奥行きが生まれるのかも。
位置: 788
「象の墓場って、聞いたことがあるでしょう?」
と彼女は言った。
「でも、鯨にも墓場があるの、知ってる? このあいだ、友達が南極で撮ってきた写真をみせてくれたの。すごかった。鯨たちの骨が氷の上を、見渡すかぎりうずめているのよ。湾曲したあばら骨の先が、こう、空をつかんでるみたいに上を向いて並んでいて……。みんな自分の死期を悟ると、さいごの力をふりしぼって、そこへたどりついて死ぬのね」
本当かしら?だとしたらすごくロマンチックですな。
実際にあるそうです。ただ、これはあくまで捕鯨地における人為的なものの可能性が高いんだとか。クジラが自主的に死に場所を知っているわけではないのかしら。
位置: 871
考えるたびに、まぶたの裏側には、あの春の光の中で彼女の見せた今にもこわれそうなまなざしがよみがえるのだった。そんなとき僕は、目の前にあるものを片っ端から握り潰し、引き裂いてしまいたいという荒々しい思いを必死でこらえる。その甘やかにして凶暴な感情はつまり、あのとき腕の中の彼女に感じた同じ想いを、1対無限大の比率で相似形に引き伸ばしたものだった。
言葉で言い表せないものを書くのが文学なら、これはまさにそういう感情でしょう。乱暴性、暴力性も一つの文学性であるわけですな。この手の荒々しい感情は自分には欠けていますが。
位置: 1,767
寂しげな印象を与える背中から足の指の一つに至るまで、彼女のからだは僕に対して、まるで偉大な宗教みたいに鮮烈に訴えかける力を持っていた。中でもすごいのは、意外にもおへそだった。僕はこんなに芸術的なへそを見たのは初めてだった。彼女のにくらべれば、あのミロのヴィーナスのへそでさえ、ただの穴ぼこだった。
へそについての美観を延々と語る。それもまた性ですね。
とにかく死が短すぎて、35のおじさんにはちょっと受け入れられない、多感すぎるところもありましたが、若くてとてもさわやかな気持ちになりました。恋人ができるとか、セックスをするとか、そういう若々しい感情が久々に思い起こりましたよ。
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