外見は自分だけのものじゃないんですね、百閒先生

ずるずると内田百閒の随筆なんぞを読んでいます。

p35
私が気がついて、その気配をうかがって見ると、彼等 は硬直した一団となって、その塊りが、何となく膨れ上がって来るらしい。変だなと 思う途端に、前列の端にいた一人が、顔を真赤にして、目玉が飛び出しそうに力み 返ったまま、固く結んだ口の一端から、激しい息を洩らして、ぷうと云った。すると、 講堂の中が一時にざわめいて、方方でぷうぷうと吹き出す声がして、今までの静寂が 乱れてしまった。私の顔から、突然髭がなくなったのを可笑しがって、しかもその可 笑しさを我慢するために、生徒達は息を殺して苦しがっていたのである。学校の教師 のように、毎日大勢の前に顔をさらす商売では、無暗に自分の顔をいじくり廻すの よくないと、後で私は考えたのである。顔と云うものは、もともと自分の所有に 違ないけれども、背中と同じく、自分で見ることは出来ないものである。是非見 とするには、鏡の如き装置を要する。本来は自分で見るものではなくて、他人に見せ る目印なのである。そのために、顔はいつでも相手の方に向けているのである。誤っ て自分は幾度か自分の顔に髭を立てたり、落としたりして、他人に迷惑を及ぼした。
今後、再びこの過ちをおかす事なかるべしと考えて以来、十幾年間、私はもう決して髭を生やさない。

この拗ねている感じ、可愛いんですよね。百閒先生の独特の文体でね。

p61
さて、翌日の晚の六時が近づくにつれて、私は少し不安になって来た。不安のよっ て来るところには、生理的変調が潜在する事を承知しているから、まず他人の所為にする前に、一応自分の中にその原因をもとめて見たら、少少腹がへっていたのである。 老晚の六時に人を集めておいて、一体御飯はどうするつもりなのだろう。それまでに済ませておけと云う料簡なのか、御馳走しようと云う計画なのか、その辺がまるで曖昧 であり、かつ無責任のそしりを免れない。

食い物のことになると途端に神経質になる。この可愛らしさね。周りにいたら迷惑だろうけど。

p81
百鬼園先生思えらく、飛行機に乗るのもいいが、落ちるとあぶない。大丈夫ですと 傍の者がいくら請合ってくれても、安心は出来ない。抑も翼をもたない人間が、空をもっと 翔ける事を思うのは不祥である。神の摂理をみだり、四大の意志に伴う不逞である。尤 も、それは落ちた場合に考えればいい事で、乗れば必ず落ちるときまったわけでもな く、又無事に降りて来た人の話を聞いて見ると、随分面白いようでもあるから、矢っ 張り乗って見たくもある。商人が船乗りに向かって、お前のおやじは何で死んだかと 尋ねたら、船乗りが、父も祖父も曾祖父もみんな海で死んだと答えた。商人が驚いて、 それでもお前は海に出るのが怖くないかと聞くと、今度は船乗りの方で、お前のおや じや祖父さんや曾祖父さんは、どこで亡くなったのかと問い返した。そこで商人が、 みんなベッドの上で死んださと答えたら、船乗りはびっくりして、それでもお前さん は、ベッドに寝るのが怖くないかと云った。

この機転もいい。こういう意地悪な感じが最高ですね。やっぱり付き合いたくはないけれども。

p212
それから座敷の隅に風呂敷をかぶせてあった中砂の遺愛の蓄音器 をあけて、その盤を掛けた。古風な弾き方でチゴイネルヴァイゼンが進んで行った。 はっとした気配で、サラ サーテの声がいつの調子より強く、小さな丸い物を続け様 に潰している様に何か云い出したと思うと、 「いえ。いえ」とおふさが去った。その解らない言葉を拒む様な風に中腰になった。 「違います」と云い切って目の色を散らし、「きみちゃん、お出で。早く。ああ、幼 稚園に行って、いないんですわ」と口走りながら、顔に前掛けをあてて泣き出した。

随筆のタイトルにもなっているサラサーテの盤。なんだか怖いような悲しいような、複雑な味のする随筆。読んでて飽きないんですよね。読みづらいけど。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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