ミステリが好きで、落語が好き。この二つの条件を満たさないと、ちょっとこの本はおすすめできないかも。
少なくとも、落語が好きでないとね。
ミステリが好きなだけだと、楽しめないと思う。そういうファンのためのものです。
趣味が蛸壺化していると言われている現代ですが、だからこそ、こういうファンのための本がもっと出てきてもいい。あわよくば壺を飛び越えてヒットしてほしい。そういう気もします。
p27
結婚する前、初めて浅草七丁目にあった家を訪問した時、馬春師匠は怒ったような顔で二人 を見据えながら、 『ところで……もう、カイたのかい』 と、尋ねた。 亮子はてっきり婚姻届のことだと思ったから、急に黙り込んでしまった馬八に代わって、 『いいえ、まだです。新婚旅行から帰ってきてから、ゆっくり書こうと思っています』 すると、師匠が大声で笑い出してしまった。
噺家の符丁をすこしでも知らないと、こういうところで笑えない。ちゃんと解説してくれますが、そこはすでに知っているのと知らないのとではだいぶ楽しめ方が違う。
事程左様に、そういう「知ってる人しか楽しめない」部分が多い本です。
だからファンにはたまらない。内輪ウケって楽しいですもんね。秘密を共有しているみたいで。
『道具屋』『らくだ』『勘定板』、落語ファンならなじみの話を、事件にそってサゲを変えたり要素を足したりして楽しませてくれます。タイガー&ドラゴン方式と言っても良い。そのアレンジの具合が妙に落語ファンの琴線に引っかかる感じがして、大変によろしい。
p270
「そんな時、亀蔵師匠が救いの手を差し延べてくだすったんです。最初にお宅へ伺った時、畳 の上でかしこまっているあたしに向かって、亀蔵師匠はこう言いました。『いいかい。お前は あたしの弟子になったんだから、どんな手を使ってでも、お客を笑わせなさい。粋でいなせな 芸なんて、いざとなったら屁の突っ張りにもならない。お客を爆笑させることができれば、次 の仕事がちゃんといただけるんだから』。
その教えをあたしは肝に銘じました。笑わせるためなら、手段なんか選びません。クモの噺でもカラクモの噺でも何でも演るし、それでも笑わなきゃ、着物をまくって、ケッの毛を見せ たってかまわない。そうして売れるだけ売れて、あたしをばかにした連中を見返してやるん だ!」
「結局、笑わせたもん勝ち」という原則。
原則はそうなんですよ、ほんと。それは大前提。
ただ、それだけだったら落語なんて滅びゆくでしょうね。
有名なくすぐりじゃないけど、カミさんにくすぐってもらえばタダなんだから。
笑わせりゃいいってもんでもない。しかし、笑わせたほうが勝ちという大前提はある。この2つのことを、常に肝に命じておきたいですな。
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