『推し、燃ゆ』感想3 鋭いねぇ。芥川賞。

ただひたすら生きづらいっ!!って響いてくる。
人が生きづらいのを読んで安心する、というか共感するという行為に、なんか意味なんかあるんかな。

位置: 617
八月十五日にはあたしが一番おいしいと思うスポンジの黄色いケーキ屋さんでホールケーキを買い、チョコプレートに描いてもらった推しの似顔絵の周りに 蠟燭 を立て、火をつけて、インスタにストーリーを上げてからぜんぶひとりで食べた。途中苦しくなったけど、いま諦めたら推しにもせっかく買ったケーキにも誠実でない気がして、喉に残る生クリームを苺の水分で押し込んだ。

結局、己の中で精錬されていきたい感情が支配していくんだよね。
そういう感覚ってある。己を粛清するというか。

位置: 628
あたしは徐々に、自分の肉体をわざと追い詰め削ぎ取ることに躍起になっている自分、きつさを追い求めている自分を感じ始めた。体力やお金や時間、自分の持つものを切り捨てて何かに打ち込む。そのことが、自分自身を浄化するような気がすることがある。つらさと引き換えに何かに注ぎ込み続けるうち、そこに自分の存在価値があるという気がしてくる。

これも自己粛清の一貫か。浄化される気がするんだ。
そこに救いを見出すのってよくあること。

位置: 663
姉だったらこういうとき臆面もなく涙を流せるのかもしれないが、あたしはそれは甘えかかるようで卑しいと思う。肉体に負けている感じがする。

肉体に負けない、精神が凌駕する。
そういう考え方も若くて痛くて。どうしてその痛みを、あたくしは読みたいんだろう。

位置: 689
あたしの中退を、誰より受け止められずにいたのは母だった。母には思い描く理想があり、今の彼女を取り巻く環境はことごとくそれから外れていた。次女の中退に限らない。年取った母の体調が悪化している。最近代わった担当医の愛想が悪い。直属の部下が妊娠したので仕事量が増える。電気代が増える。隣の夫婦の植えた植物が伸びてきてうちの敷地に入り込んでいる。夫の一時帰国が仕事上の都合で延期になる。買ってきたばかりの鍋の取っ手が取れたのに、メーカーの対応が雑で一週間経っても代わりの品が届かない。

こういうの、とても分かるけど、よくないよね。
誰かのエゴを、特に家族のエゴを、具体化して茶化しても、なんにも前に進めない。

人が限界を迎えているときに、我々に出来ることは寄り添うことですよ。
これは実体験からくるものですがね。

もちろん、『推し燃ゆ』の主人公にそれを求めているわけではない。

位置: 793
突然、以前見た父のツイートが浮かんだからだった。父はいわゆるおっさん構文の使い手だった。以前、拡散された女性声優さんの投稿への返信に見覚えのある緑のソファの写真が添付されていて、偶然だなってひらいたらどう考えても父の単身赴任先の部屋だったということがある。
〈かなみんと同じソファを買いました(^_^) 残業&ひとりさびしく晩酌(;^_^A) 明日も頑張るぞ!〉
赤いビックリマークで締め括られ、似たような絵文字を使った投稿は他にも何個かあった。単身赴任で日本にいない父、洒落た色のスーツを着こなし、時々帰ってきては明るく無神経なことを言う

おっさん構文!カロリーの高いワードであります。

勘弁してくれ、と思うけどね。立派にあたくしもおっさん構文の使い手であります。ボキャ貧なんだな。

位置: 806
父は理路整然と、解決に向かってしゃべる。明快に、冷静に、様々なことを難なくこなせる人特有のほほえみさえ浮かべて、しゃべる。父や、他の大人たちが言うことは、すべてわかり切っていることで、あたしがすでに何度も自分に問いかけたことだった。
「働かない人は生きていけないんだよ。野生動物と同じで、餌をとらなきゃ死ぬんだから」
「なら、死ぬ」
「ううん、ううん、今そんな話はしていない」

あたくしも、将来娘たちにこういう話をしなければならないのでしょうか。考えるだけで憂鬱だ。さて、生きづらさを抱えた娘たちに何か言うことはあるだろうか。

しかしセリフがいちいちリアルすぎるやろ。

位置: 895
背中がかゆくなったような気がしてシャワーを浴びようと思い、物干し竿から直接下着と寝間着を取ってこようとして、庭に出て気がついた。
にわか雨と洗濯物の、ひとつずつを認識しているのに、それが結びつかない。この家に来てからもう何回めだかわからない。たわんだ物干し竿に濡れて色が濃くなった洗濯物がひしめいていて、これって洗い直さなきゃなのかなあ、と思いながらバスタオルをしぼっていると、ばたたと落ちていく水の音が体のなかの空洞にひびきわたる。草の上に落ちる水の重さがそっくりそのまま面倒くささだと思い、ぜんぶ手でしぼってから放置した。そのうち乾くだろうと思った

ガールズバンドの歌詞みたいだ。
しかし、そういう認識がうまく連結しないことって、あると思うんですよね。

そういうボタンの掛け違いみたいなのを延々と読ませる、たまらない作品でした。大好きだな。

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