小林泰三著『玩具修理者』感想 酔歩こそ代表作

著者はこばやしやすみ、とお読みするんだそうな。

玩具修理者は何でも直してくれる。独楽でも、凧でも、ラジコンカーでも……死んだ猫だって。壊れたものを一旦すべてバラバラにして、一瞬の掛け声とともに。ある日、私は弟を過って死なせてしまう。親に知られぬうちにどうにかしなければ。私は弟を玩具修理者の所へ持って行く……。現実なのか妄想なのか。生きているのか死んでいるのか――その狭間に奇妙な世界を紡ぎ上げ、全選考委員の圧倒的支持を得た第2回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作品。

マツオさんの推薦本。
58歳でがんのため没されています。早すぎます。

玩具修理者

位置: 48
「ところで、名前はないの、玩具修理者に?」
「ようぐそうとほうとふ」
彼女はそう言った。本名だとすれば、日本人の名前ではない。アメリカ人やイギリス人の名前でもない。中国人でもないような気がする。

位置: 55
そしてわたしが聞いたのは『ぬわいえいるれいとほうてぃーぷ』という叫びだったわ。

ここでクトゥルフ神話が元ネタだと気づきます。ヨグ=ソトースとニャルラトホテプね。
正直、興ざめでしたね。ここで他人のふんどしを出してくるのか、と。
知っているネタを知ると恐怖が薄れる、とも。

位置: 407
「じゃあ、そう言う自分はわかってるのか、生物と無生物の違いを?」
「そんなものないのよ」彼女は真赤な唇をぎらぎらさせながら言った。「生物と無生物なんて区別はないのよ。機械をどんどん精密に複雑にしていけばやがては生物に行きつくの。その間になんの境界もないわ」
「違う! 僕には違いがわかるぞ!」
「自分でそう思い込んでるだけよ。物心がつくとすぐに大人から教えられたり、大人の様子を見たりして、一つずつ覚え込んでいくだけなのよ。

これこれ。これだよ。
少しずつ常識が壊れていく感じ。これぞホラーの醍醐味。

位置: 430
「姉さんはいったい何者なんだ?」
「道雄こそ何者なの?」
わたしはどうしても姉の左目を見ることができなかった。

衝撃のラスト。いいよね。ぐっと来る。

クトゥルフだけマイナスだけど、他は大変に良い。

酔歩する男

しかし、おまけであるこの作品のほうが好みでした。

位置: 1,305
初めはただの涼しさを感じました。それが、だんだんと 痺れに変わってきました。痺れは頭の 芯 から広がり、徐々に頭部全体、そして、胸、腹、手足へと脈動しながら、広がっていきます。痺れの波には山と谷があり、山の時にはすべての感覚が飽和しました。あらゆる種類の色の光が視野いっぱいに、いや、頭の後ろや、中にまで広がりました。赤、 橙、黄、緑、青、 藍、紫、その他、人間が知っている全ての色の一つ一つが、とても耐えられないような 眩しさで、それぞれ視界を埋め尽くしていました。それでいて、色は混ざってしまうのではなく、ちゃんと識別できるのです。あらゆる高さの音が全身で聞き取れました。それは、余りの 喧しさに皮膚が全て振動で破れてしまうのではないかと思うほどでした。同じようにあらゆる種類の臭い、あらゆる種類の味、あらゆる種類の皮膚感覚、あらゆる種類の内臓感覚、あらゆる種類の感情などが波となって押し寄せてきます。

粒子線癌治療装置で時間流感知領域を壊した時の感覚描写。
何だかわからないけど、妙なリアルさを感じます。筆に力がありますね。

位置: 1,554
「信じられない。もしそれが本当だとしても、どうして脳にそんな錯覚を作り出す必要があるというんだ?」わたしは食い下がりました。
「それはおまえも今日体験したはずだ。時間は連続していない点の集合なんだ。しかし、誰もが勝手にそれらの点に順番をつけて 辿ったとしたら、人によって、物事の起きる順番が目茶苦茶になってしまう。そこで、脳は物理現象の連続性を満たすように時間の点に順番付けをするわけだ。俺たちは時間の順番付けをする脳の機能を破壊してしまった」
「今は普通に時間が流れているぞ」
「前にも言った筈だ。大脳が失われた機能の代わりをしているんだ。だが、眠ったときには大脳の働きは弱まってしまう」

これもそう、少しずつ常識が壊れていく。その感覚を味わう。
うーん、ホラーの醍醐味。

位置: 2,078
自殺したことも何百回とあります。初めは、薬とか、首吊りをしていたんですが、意識がなくなると、跳躍して別の日に目が覚めるので、列車に飛び込んだり、 拳銃 で頭を撃ち抜いたりするようになりました。結果は同じでした。死ぬと同時に跳躍が起こるようです。その場合、当然かもしれませんが、未来に飛ばされることはありません。それ以降の人生は消滅するわけですから、常に過去です。そして、過去に行った途端にわたしの死は非実在化してしまいますから、また、わたしの人生は波動関数の中の無数の非実在として復活するのです。そんなわけで、最近は自殺もしなくなりました。
そうですね。主観的にはもう、何万年も生き続けています。もはや、何も残っていません。絶望さえも枯れ果てました。

古手梨花的。

位置: 2,178
「血沼さん、やはり、あなたに話すべきではなかった」小竹田は幽霊のような悲痛な声で言った。「結局、あなたは理解できなかったのです。わたしたちの──手児奈の物語をあなたはすべての物事の間に因果関係を持ち込んで、理解しようとしている。でも、そんなことはなんの意味もないのです。限られた理解力しか持たないわれわれの脳があまりにも複雑な世界に対面した時に壊れてしまわないために脳自身が設定した安全装置──それが因果律なのです。

何言ってんのかさっぱり分からないけど、何だか怖い。狂気。
いい作品でしたね。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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