村上春樹の短編集。相変わらず短編は良い。
堪えがたいほどの空腹を覚えたある晩、彼女は断言した。「もう一度パン屋を襲うのよ」。それ以外に、学生時代にパン屋を襲撃して以来、僕にかけられた呪いをとく方法はない。かくして妻と僕は中古のカローラで、午前2時半の東京の街へ繰り出した……。表題作のほか「象の消滅」、“ねじまき鳥”の原型となった作品など、初期の傑作6篇を収録した短編集。
長編になると、色々気になるところが出ちゃうけど、短編なら「ま、そんなもんか」と割り切れる。
パン屋再襲撃
位置: 125
「それはまるで我々にかけられた 呪いのようなものだった。今にして思えば、我々はそんな提案には耳を貸さず、最初の予定どおりに刃物で奴を脅してパンを単純に強奪しておくべきだったんだ。そうすれば問題は何もなかったはずだった」
「何か問題が起ったの?」
僕はまた手首の内側で瞼をこすった。
「そうだね」と僕は答えた。「でもそれははっきりと目に見える具体的な問題というわけじゃないんだ。ただいろんなことがその事件を境にゆっくりと変化していっただけさ。そして一度変化してしまったものは、もうもとには戻らなかった。
これこれ、何言ってるのか全然わからん。観念的に過ぎる。
位置: 202
「あのマクドナルドをやることにするわ」と妻は言った。まるで夕食のおかずを告げるときのようなあっさりとしたしゃべり方だった。「マクドナルドはパン屋じゃない」と僕は指摘した。
「パン屋のようなものよ」と妻は言って、車の中に戻った。「妥協というものもある場合には必要なのよ。とにかくマクドナルドの前につけて」
これ、笑うところなのか?
笑っていいところなのか?
こういうところは面白い。
位置: 244
「ビッグマックを三十個、テイクアウトで」と妻は言った。 「お金を余分にさしあげますから、どこか別の店で注文して食べてもらえませんか」と店長が言った。「帳簿がすごく面倒になるんです。つまり──」 「言われたとおりにした方がいい」と僕はくりかえした。
確信した。ここは笑うところだ。
象の消滅
位置: 639
象の事件以来僕の内部で何かのバランスが崩れてしまって、それでいろんな外部の事物が僕の目に奇妙に映るのかもしれない。その責任はたぶん僕の方にあるのだろう。
あの時消えた象は実はみるみる小さくなっていったのを、「僕」は観た気がする、という話。
なんじゃそりゃ、でも不思議な読了感があるんだよね。
ファミリー・アフェア
位置: 803
僕はもう一度その写真を手にとって、男の顔を見た。世の中に一目で嫌になるというタイプの顔があるとすれば、それがその顔だった。おまけにそのコンピューター技師は僕が高校時代にいちばん嫌っていたクラブの先輩に雰囲気がそっくりだった。顔立ちは悪くないが、頭がからっぽで、押しつけがましい男だった。おまけに象みたいに記憶力が良くて、つまらないことをいつまでもいつまでも覚えている。頭が悪いぶんを記憶力で補っているのだ。
それは象に失礼じゃないか、と思うけど。
この短編は通底して分かりづらい笑いがある。
位置: 861
お兄さん?
僕はコーヒー・スプーンの柄で耳たぶをかいて、それを皿に戻した。妹はまた僕の足を蹴とばしたが、コンピューター技師の方はその動作の意味にまるで気づいていないようだった。たぶん二進法の冗談というのはまだ開発されていないのだろう。
ここもジョークなんだな。
しかし偏見が凄い。ねじまき鳥でもそうだけど、コンピュータへの不信感みたいなものが通底してあるのかな。
位置: 1,043
「内気なだけなんだ」と僕は言った。
「傲慢なのよ」と妹は言った。
「内気で傲慢なんだ」と僕はワインをグラスに注ぎながら渡辺昇に向って説明した。「内気と傲慢の折りかえし運転をしてるんだよ」
面白いなぁ。
ちなみにワタナベノボルは何度も春樹作品に出てきますが、安西水丸先生の本名なんだとか。なんだそりゃ。
双子と沈んだ大陸
位置: 1,196
「ワタナベさんは薬を買いに行くって言って出ていったわよ」と彼女は言った。渡辺昇というのが僕の共同経営者の名前だった。僕と彼はその頃二人で小さな翻訳事務所を経営していた。
またワタナベノボルだ。
位置: 1,240
僕はおそらくこの男が双子の現在の宿主なのだろうという結論に達した。双子は以前に僕に対してそうしたように、何かのきっかけを捉えてこの男の生活の中に住みついてしまったのだ。
不思議な話だ。
位置: 1,300
「ところで僕は君の名前をまだ知らないんだけど」と僕は言った。 「言わなかったっけ?」 「聞いてない」 「メイ」と彼女は言った。「笠原メイ」 「メイ?」と僕はちょっとびっくりしてききかえした。 「五月のメイよ」
笠原メイもねじまき鳥に出くるクレージーな女の子。
登場人物の名前を付けるのが苦手なのかな。
位置: 1,503
木曜日に僕はガール・フレンドと寝た。彼女は眼かくしをつけてセックスをするのが大好きだった。それで彼女はいつも飛行機のオーバーナイト・バッグに入っている布の眼かくしを持って歩いていた。
僕はとくにそういう趣味があるわけではないけれど、でも眼かくしをつけた彼女はすごく可愛かったから、それについては何の異議も持たなかった。どうせ人間なんて、みんなちょっとずつどこかが変っているのだ。
僕は日記の木曜日のページにだいたいそんなことを書いた。八十パーセントの事実と二十パーセントの省察というのが、日記記述についてのポリシーだ。
いいなぁ、村上春樹。
どことなく淡白な変態なんだよね。
まとめ
長編だと気になる違和感が、短編だと受け入れられる。
これは自分の変わったところなんだろうか。
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