『ヴァンパイアハンター・リンカーン』感想 単なる発想だけではない意外な良書

アルゼンチン人の友人に勧められて読了。
確かに面白い。

ティム・バートン製作で映画化!!「人民の人民による、人民のためのヴァンパイア狩り──」ある日知らされた母親の死の真相。最愛の母を奪ったのはおぞましき吸血鬼〈ヴァンパイア〉だった。勤勉な少年は斧を手に取り復讐を決意する。少年の名は、エイブラハム・リンカーン。やがて第16代アメリカ合衆国大統領となる男!!長らくその存在が噂されていた大統領の秘密の日記が明かすアメリカを支配する吸血鬼との戦いの日々──。隠し味満載の歴史改変小説。

セス・グレアム=スミスの著。彼といえば『偏見と傲慢とゾンビ』ですね。ド嬢でも紹介されていました。

位置: 779
おれはここで納得した。どうして父ちゃんがあんなに怯えたのかが、このときわかった。そいつの目は木炭のように黒く、歯は長くて尖っていて、まるでオオカミの牙だった。悪魔の白い顔。神かけて噓じゃない、ほんとうだ。そいつは顔じゅうに父ちゃんの血のりをつけて、そこに立っていた……いいか、これだけは誓っていえる、そいつは胸に両手をあてて……おれに歌をうたったんだ」
音程のしっかりした、心のこもった若者の歌声だった。アクセントは、まぎれもないイギリスのもの。

イギリスから渡ってきた、吸血鬼。そいつが祖父を殺したところですね。
リンカーンの祖父が先住民に殺されたことを逆手に取ったエピソード。元ネタを知っているからこそ面白い。

位置: 793
ほんとのことを話しちゃだめだ、と思ったよ。見たことは誰にもいえない。もし話したら、たわけかほら吹きか、あるいはもっとひどいものに思われる。けどな、おれはいったい何を見たんだ? ひょっとすると、あれは夢かもしれんだろ? そうしたら兄ちゃんのモーデカイが銃をとってもどってきて、いったいどうしたんだと訊くから──涙が 堰 を切ったようにあふれて、おれは泣きじゃくりながら、話せることだけ話した。兄ちゃんが信じてくれそうなことを話したんだ。父ちゃんを殺したのはショーニーの戦士だってね。ほんとのことは話せなかった。とてもじゃないが、吸血鬼に殺されたなんていえない」

そして史実には「先住民に殺された」と記されている、と。
陰謀論の一歩手前だけど、そこの寸止めが面白いね。言ってしまえば、これはリンカーンの伝記を読んでから読むのが最適だね。

位置: 1,314
じつはな、エイブラハム、わたしたちの大半が、この三世紀めにみずから命を絶ってしまうのだよ。みずから進んで 飢え、みずから胸に杭を打ち、工夫をこらしてわが頭を切り落とす。

吸血鬼の悲哀。そこまで記すことで、物語に深みが。

位置: 1,569
ぼくたちは握手をし、ぼくは背を向け歩き出した。でも、何か訊き忘れていることがあるような気がした。はじめて会ったときから心にひっかかっていたこと……。ぼくはふりかえって尋ねた。「ヘンリー──あの晩、川で何をしていたんだい?」するとなぜか、たちまち彼の表情が険しくなった。これほど厳しい顔を、ぼくははじめて見たように思う。
「眠っている子をさらうのは不名誉なことだ」と、ヘンリーはいった。「罪のない者を食するのもね。わたしはきみに、そういうことをする輩に罰を与える方法を伝授した。いずれ……彼らの名前を教えよう」

ヴァンパイヤにも美学があるってことにしている。
あんまりこの辺はしっくり来ませんでしたね。ヘンリーの掘り下げがイマイチ理解出来なかったせいかな。

位置: 1,787
ぼくは謝罪をして、手をさしだした。
「エイブ・リンカーンといいます」
小柄な男はぼくの手をとり、こういった。
「わたしはエドガー・アラン・ポー」

同時代を過ごしたらしいのですが、まさか会っていたという設定にするとは。
まぁ有り得ない話ではないですが、会ったという証拠があるわけではないらしい。三谷幸喜的な「なかったという証拠がないならあったことにしたほうが楽しい」的なやつですかね。

位置: 2,790
小生、これにより、結婚のことは二度と考えまいと心に決めました。理由は、こうです。小生を夫にしようと考えるほどの愚人に、小生は決して満足できないからです。

なんという小生史観。卑屈なようでいてものすごく傲慢。

位置: 3,005
しかし、魅力を感じれば感じるほど、メアリーは苦しんだ。というのも、彼女はすでに、スティーヴン・A・ダグラスに求愛されていたからだ。このずんぐりむっくりした男は民主党の新星で、エイブとくらべるまでもない、かなりの財産家だった。だからダグラスとなら、メアリーは育った環境と変わらぬ暮らしを送ることができる。ただ、彼は申し分なく有能で、申し分なく裕福ながら、同時に(メアリーの言葉を借りれば)〝申し分なく退屈〟だった。 「結局ね」と、メアリーは後年の手紙に記している。「わたしは食べるより笑うほうが、ずっと大切だと思ったの」

いい言葉だ。決してダグラスを落とす話でもないところがいい。

位置: 3,394
立法活動はうまくいかなくても、エイブラハム・リンカーンは議会場で目立つ存在だった。背がとても高いから、というだけではない。エイブを知る人たちは、彼を〝のっぽで無骨〟、ズボンの〝裾は、くるぶしから十五センチも上〟だという。年齢は四十歳にもなっていないのに、民主党員の多くは(仲間のホイッグ党員のごく一部も)、〝外見が野暮でみすぼらしく、疲れた目をしている〟ため、彼を〝オールド・エイブ〟と呼んだ。
ぼくはある晩、メアリーが息子たちを風呂に入れているそばでこの話をし、正直いって気分はよくないんだ、といった。「あら、エイブ……」彼女は目もあげず、さらりと即答。「そりゃ議員さんのなかには、あなたの二倍はハンサムな人もいるでしょうけど、あなたの半分も頭がまともな人はいないわよ」  ぼくは運のいい男だ。

いいセリフだ。

位置: 3,511
アメリカの無法ぶりを吸血鬼は気に入った。茫漠たる大地を気に入った。辺境の村や港には、つぎからつぎと人間がやってくる。でもな、リンカーン、やつらは何より 奴隷 を愛した。ここアメリカは、よその文明国とはちがう、ここなら報復におびえることなく、うまい生き血を吸える!
だからイングランド人がこの大陸の岸辺に到着し、人民を旧世界の支配下に置こうとしたとき、アメリカの吸血鬼は立ち上がった。彼らはレキシントンとコンコードで砲火をまじえ、タイコンデローガ砦で、ムーアズ・クリークで戦った。吸血鬼のなかには、生まれ故郷のフランスにもどり、ルイ十六世に海軍を送ってほしいと懇願したものもいる。彼らもきみと同じ、おれと同じ、アメリカ人なんだよ、リンカーン。彼らは正真正銘の愛国者だ──アメリカの存続、すなわち吸血鬼の存続」

よく出来た設定だなぁ。吸血鬼もまた愛国者。
しかしそれは奴隷制のため。

位置: 3,967
8月21日から10月15日のあいだに、エイブとダグラスはイリノイ各地で七回にわたり立会演説会を実施し、ときに一万人もの聴衆が集まったという。ふたりは一躍、時の人となり、演説内容はアメリカじゅうの新聞に掲載されて、全国民の関心を集めた。ダグラスはエイブを過激な奴隷制廃止論者に仕立てあげようとし、聴衆を上手にあおった──自由になった奴隷が群れをなしてイリノイに集まったらどうするか、白人の家の裏手に黒人村がつぎつぎできたらどうするか、黒人の男が白人女性と結婚したら?

煽るのもひとつの立派な戦略ってね。
確かに生活圏に異物が入ってくるのは嫌なものだろう。

位置: 4,354
エイブは人生ではじめて、ひげをはやした。顎の傷を隠すためだったが、これでいっそうひきしまり、堂々として見えた。

とある女の子が「髭をはやしたら?」って手紙を書いて、それを受けて生やしたという本を読んだ記憶がありますが、セスにかかればこれもヴァンパイアのせいになる。面白い機転だな。

まとめ

結構真面目にバカやってる感じがあって好感。
ただ単にパロったテヘペロ作品ではないですね。全力で再解釈しようとしている。

傲慢と偏見とゾンビも読まなきゃかな。そもそもまずは傲慢と偏見を読まなきゃだけど。

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