北上次郎著『息子たちよ』感想 目尻を下げる読書エッセイ

味わい深い読書エッセイ。

徹頭徹尾、身勝手な話ではある。昭和のお父さんなんてそんなものかもしれないけどね。
でも、日頃そばにいないで、週一で半日帰るだけで、(仕事と競馬が理由)、それで父親ヅラってのはどうも、こう、あたくしには共感できない。
しかし一方で、このエッセイは実に味わい深い。
なお、この北上次郎という名前は「本の雑誌」の目黒考二さんのペンネームらしい。

位置: 340
多摩テックに最後に行ったのは長男が高校生で、次男が中学生のときだった。もうサーキットには乗らず、入り口横のプールで一日中遊び、それだけで帰ってきた。
あれが最後だったのだ、と突然気がつくのである。

あたくしにも、Xデーがいつか訪れるのだろう。
大体、そんなもんだ。気がつけば「あれが最後だったのだ」ばかりだね、人生。

位置: 419
大学生というのは、いちばんあぶなっかしい時期だ。そういう時期を無事に過ごしてほしい、と親なら考える。将来にそなえてさまざまな準備をするというのが、親にとってはいちばん望ましいが、そういう子なら何の心配もないわけで、となると、どうせなら無駄な時間を友と一緒に過ごしてほしい。そこで何かを学んでほしい。一人で部屋の中にいるよりも断然そのほうがいい。

そうかもしれないけど、あたくしは一人で部屋にいる時間を大切にもして欲しいなぁ。あたくしがそういう気質だからね。

位置: 791
私の息子たちも、麻子が発見したものを知ることができるだろうか。親の心配は果てしなく続くのである。

間違いない。いくつになっても子供は子供なんだろうな。

位置: 1,404
いつまでも家族が寄り添っているほうがヘンなのである。それぞれの道を歩み始めるのは当然のことなのである。
それはわかっている。十分に承知している。しかしなんだかなあという思いは禁じえない。私の中では、長男と次男はいまでも幼い。帰宅する私を待ち構えたように飛び掛かってくる光景がいまでも忘れられないのだ。成長すれば親のもとを離れていくのは当然のことで、そうでなければ困るのだが、それでもそうなってしまったことの淋しさもまた存在するのである。
腹が減ったときだけワンワンと吠えて催促するジャックを見ながら、な、お前も淋しくないかと声をかけているのである。

男はやせ我慢!ってね。温もりの寂しさは温もりで解消するしかないよ。

位置: 1,894
こういう家族がいるんだと窓子は驚くが、読者もまた驚くのである。食堂兼居酒屋を営んでいる、という特殊性もあるだろうが、家族がばらばらにならなくても、みんなでいつまでも一緒に暮らしてもいいではないかという提示は、とても新鮮だ。
そうか、うちも商売をしていればよかったんだ。そう思った途端、家族がばらばらになるのは当然だと言っていたくせに、実は淋しかったことに気づく。そうか、オレは淋しかったのか。

よく言うわ。仕事と競馬で家庭を顧みなかったくせに。
なんて言いたくもなる。外へ出て金を稼ぐのがそんなに偉いかねぇ。


とはいえ、非常に読んでいて気持ちのいい読書エッセイ。
書評で鳴らした人だけに、その鋭さはもちろんのこと、しかし温かみのある良著でしたね。

The following two tabs change content below.
都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする