『九尾の猫』 後期クイーン問題

アメリカミステリー界の藤子不二雄といえばこのお二人です(失礼)

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Frederic DannayとManfred Bennington Leeの二人が、共著で生み出したのがエラリークイーンシリーズです。
面白いことに、エラリー・クイーンとはペンネームであり作品の主人公である推理作家の名探偵なんですな。

ミステリーを読みだした以上、アメリカを代表するミステリーシリーズであるこれを読まずにはいられないだろうと覚悟はしていましたが、どれから読むべきか不明でありんして。

Amazonで評価の高かったこの作品から読み始めたのですが、我ながら凄いところから読み始めたものです。

なかなか異色の作品

まず、エラリー・クイーンを読み始めるのにここからは読まない方がいいです。

なぜなら、後述する「後期クイーン的問題」の代表作であるこの作品は、前提をある程度共有していないと面白さが味わい尽くせないからです。

The Clashを聴くのに、いきなり『サンディニスタ!!』から聴くようなもんで。
物事には手順っつーもんがありますからね。

しかし文筆力はほとばしる

一方で、物語とは別の視点からみると、とても文章が美しいのが気に入ります。
ちょっとハードボイルド入っているような、大人な感じ。

暑熱の日々が続くなかで、警察の挫折感が高まるにつれて市民の権利は縮小しがちだった。あらゆる方面から抗議の嵐が起った。裁判所には人身保護令状の請求が殺到した。市民はわめき、政治家は怒号し、判事は大喝した。しかし、調査はそれらを物ともせずに進められた。カザリス博士の同僚たちは患者を普通の警察の処置にまかせることには乗り気でなかった。この嵐のような、過熱した雰囲気の中で、どうして患者を当局へ引きわたすようなことができるかと彼らは言った。患者の多くにとっては普通の訊問をされることでさえ危険である。彼らは精神的、感情的障害のために治療をうけている。何ヵ月、あるいは何年もの治療の成果が、容疑者と〈猫〉との関係を見つけることにばかり熱中している無神経な刑事に一時間、取調べをうけただけで、すっかり帳消しになってしまうかもしれない。
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なかなか犯人が捕まえられない警察への市民の怒りの様子ですが、淡々と書かれていることが逆にリアリティを高める演出になっていて技巧的。
まるでドキュメンタリーを観ているような錯覚に陥ります。

市長は長時間にわたって話した。彼はまじめな、親しみのある調子で、自分の大きな魅力と、ニューヨーク市民についての知識を活用しながらしゃべった。彼はニューヨーク警察本部の歴史をたどり、その成長と、巨大な組織と、その複雑さについてのべた。そして法をまもり秩序を維持する一万八千の男女警察官の実績をたたえた。殺人犯の逮捕と有罪判決に関するかなり心強い統計の数字をあげた。彼はさらに開拓時代の産物である自警団の法律的、社会的局面にふれ、その民主主義制度にたいする脅威、それがはじめの高い目的から暴徒支配に堕し、もっとも低劣な分子の最悪の激情を満足させるだけのものになりやすいことを説いた。そして暴力が暴力をうみ、軍隊の介入や、戒厳令や、市民の自由の抑圧に道をひらき、「ファシズムと全体主義への第一歩」になる危険を指摘した。 「そしてこれらすべては」市長はあけっぴろげな調子で言った。
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怒れる市民に対する市長の毅然とした様を描写していますが、これも味わい深いです。

後期クイーン的問題とは

簡単に説明は出来ないのですが、この『九尾の猫』に限って言うならば、「エラリー・クイーンという名探偵が出てきたからこそ、本来起きることのなかった犠牲者がでること」ということでしょうか。

それが、かつておき、作中で再び起きる中で、主人公のエラリー・クイーンは苦悩し、葛藤し、自信をなくし、自暴自棄になるのです。

いわば兜甲児から碇シンジになったようなもんですか。自意識を丸出しにする主人公は、やっぱり良識のある大人には面倒くさく映るのかも。

ミステリーの要素は薄かったけど面白かった

ただし、本作のミステリの部分については、それほどトリックが張り巡らされているわけでもなかったです、というか全然読者に挑戦的ではなかったです。
どちらかというと警察小説に近かったかしら。操作の中でじわりじわりと群衆が冷静さを失い、主人公が自意識をこじらせ、物語が複雑になっていく。
そんな様がリアリティをもって紙面を踊るのです。これが快感でした。

ミステリだと思って読むと肩透かしを食うかも。
でも、文学として完成度はめちゃ高いです。

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