『桜桃』感想 太宰が好かれる理由はそこなんだな #太宰治

破滅型、と言いながら、結構了見は保守的のような気がします。
そこが太宰が共感される理由じゃないかしら。

「無頼派」「新戯作派」の破滅型作家を代表する昭和初期の小説家、太宰治の短編小説。初出は「世界」[1948(昭和23)年]。「子供より親が大事」と思いたい父の「私」が、家庭について思いを巡らす話で、桜桃をまずそうに食べては種を吐く最後の場面は印象的である。家庭を主題に描いた太宰作品の中でも、とくに傑作との呼び声が高い。

ごくごく短い短編なんですがね。
了見の狭さというか、小市民的というか、そういうところが好ましいですよね。

位置: 32
つまり、私は、 糞真面目 で興覚めな、 気まずい事 に堪え切れないのだ。私は、私の家庭においても、絶えず冗談を言い、薄氷を踏む思いで冗談を言い、一部の読者、批評家の想像を裏切り、私の部屋の畳は新しく、机上は 整頓 せられ、夫婦はいたわり、尊敬し合い、夫は妻を打った事など無いのは無論、出て行け、出て行きます、などの乱暴な口争いした事さえ一度も無かったし、父も母も負けずに子供を可愛がり、子供たちも父母に陽気によくなつく。  しかし、これは外見。母が胸をあけると、涙の谷、父の寝汗も、いよいよひどく、夫婦は互いに相手の苦痛を知っているのだが、それに、さわらないように努めて、父が冗談を言えば、母も笑う。

太宰は己の小市民的価値観を、あたかも赤裸々のようにうちあけ、また、これを自虐的にネタにするのです。

位置: 61
ああ、ただ単に、発育がおくれているというだけの事であってくれたら! この長男が、いまに急に成長し、父母の心配を憤り 嘲笑 するようになってくれたら! 夫婦は 親戚 にも友人にも誰にも告げず、ひそかに心でそれを念じながら、表面は何も気にしていないみたいに、長男をからかって笑っている。

そして子供の発達を気にする。親として当然だからこそ、親身になれる。

位置: 69
私は議論をして、勝ったためしが無い。必ず負けるのである。相手の確信の強さ、自己肯定のすさまじさに圧倒せられるのである。そうして私は沈黙する。しかし、だんだん考えてみると、相手の身勝手に気がつき、ただこっちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言い負けたくせに、またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言い争いは 殴り合いと同じくらいにいつまでも不快な憎しみとして残るので、怒りにふるえながらも笑い、沈黙し、それから、いろいろさまざま考え、ついヤケ酒という事になるのである。

そして小市民的理由で酒に逃げようとする。共感高いですよー。

位置: 75
はっきり言おう。くどくどと、あちこち持ってまわった書き方をしたが、実はこの小説、 夫婦喧嘩 の小説なのである。

あくまで駄目な男性視点の、ね。

位置: 98
父はまた黙した。じつは、そう思っていたのだ。しかし、黙した。  ああ、誰かひとり、雇ってくれたらいい。母が末の子を背負って、用足しに外に出かけると、父はあとの二人の子の世話を見なければならぬ。そうして、来客が毎日、きまって十人くらいずつある。

育児のなすりつけあい、ね。保育園は今ほど整備されていない時分のことでしょうね。今でも、うちでも、似たようなこと、あるなー。

位置: 115
「きょうは、夫婦喧嘩でね、 陰 にこもってやりきれねえんだ。飲もう。今夜は泊るぜ。だんぜん泊る」  子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。  桜桃が出た。  私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。 蔓 を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、 珊瑚 の首飾りのように見えるだろう。  しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を 吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。

これが、サゲ。津軽の人なのに、どこか江戸っ子的な言葉。
しかし了見は、人間の腐ったようなやつ。まるで喜劇。

ふとした時に手にしたくなってしまう。これが太宰のすごいところ。共感を呼ぶツボをご存知。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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