『忍ぶ川』感想 自意識が邪魔をしすぎている 3

現代で読むと、主人公の「こうあるべき」みたいな考え方が強いんですよね。生きづらいだろうなぁ。

位置: 2,042
わたしと知りあう前年の夏というと、妻が十九の年です。十九の夏、妻は胡桃屋のコックの 中岡 という男と、陰気な肉体の関係を持ったのでした。
『あれは、この私だったと思いたくありません。私と書くのが辛いのです。』
と妻は書いていました。わたしの方からいっても、そのころの妻はまだわたしの妻ではなかったのですから、以下、妻のことは 房子 と本名でよぶことにします。

とは言いますが、読めば一方的にレイプされただけのようなかたち。
これを「陰湿な肉体関係」と呼ぶのはあまりに可哀そうなのでは。

位置: 2,229
わたしは身を起しました。すると、そこへ妻が飛んできて、倒れている子供をさっと目にもとまらぬ早さで抱き上げました。そして、つづけざまに子供の名をよびながら激しくその 尻 を打ちはじめたのです。そのとき、わたしはやっと 怖 るべきことに気がつきました。当然子供は泣くはずなのに、ちっとも泣かないことに気がつきました。泣くどころか、うんとも、すんともいわないのです。わたしは思わずゾッとして、妻のそばに駆け寄りました。
そのとき、妻がわたしにみせた思わぬ凝視と行動は、忘れることができません。
妻はふりむくと、まるで他人をみるような目で、わたしの顔を凝視しました。刺すようにつめたい、仮借ない目の色でした。

妻が見せる「他人を見るような目」にぎょっとしたこと、あたくしもありますね。なんなんでしょうか。突然、人でなしをみるような目で睨まれるんです。あれ、不思議ですよね。こっちは何にもしていない認識なのに。

位置: 2,240
いいのよ、とは、どういう意味だろう。自分ひとりで大丈夫だという意味だろうか。それとも、いいから、もうこれ以上子供をかまってくれるなという意味だろうか。

そして言葉足らず。
女の人ってこういうところ、ある気がするな。筆者の妻とあたくしの妻だけなのかもしれませんがね。

位置: 2,272
妻がわたしを、他人をみるような目つきでみたのも、あのときが二度目です。  最初のときは、妻が郷里で桃枝を産んだときでした。そのころはわたしも郷里に帰っていたのですが、桃枝が生まれた夜、わたしは家にいなかったのです。どこにいたかといえば、町の酒場にいました。そこで酔っぱらって、歌をうたっていました。

相変わらず、自分のことを棚に上げる筆者。
あたくしも、長女の出産のときにへべれけで、いまだに妻に文句を言われますからね。家で飲んではいたんですが。

位置: 2,283
ふと妻の寝顔とくらべてみようと思って、妻の方へ目をやると、さっきまで眠っているとばかり思っていた妻が、ぱっちりと目をひらいてわたしをみていました。それは、いま眠りから 醒めたばかりの目ではなく、ずっと前から醒めに醒めている目でした。ああ、赤の他人をみるような目だ、と思ったのはこのときです。
「産みました。」
と妻は小声で、しかし、きっぱりとそういいました。わたしは無言で 頷くだけです。
「あなたに、一番先にみてもらいたかったわ。」
妻はそういって、不意に激しく肩をふるわせて泣きはじめました。
「それだけを楽しみに、あんな手紙を書いたのに。」
そして、 「薄情者。薄情者。薄情者。」
子供が目を覚まして泣き出しました。

基本的にこれは筆者が悪い。あたくしも反省しております。
そりゃ、奥さんにしてみりゃ泣く権利がありますよ。
しかし筆者はそれほど堪えた様子がない。結構面白いですよね。
今だったらADHDとかって診断されるんかしらね。

位置: 2,296
わたしは妻に、おまえは犯されていないといいました。犯されたような姿勢だが、犯したのは中岡の男ではないことを納得させ、彼のような変質者の存在を知らせました。すると妻は、わたしのいったことは結婚以来ほぼ感づいていたといいます。ただ自分をそんなに 苛んだ男の存在が無念なのです。それはわたしも無念でしたが、なお無念だったのは、わたしにとって、そのとき妻がなにをどう考えたかということよりも、なにをいかに感覚したかということの方が一層切実だったことです。

わたしは、根掘り葉掘り、微細にわたって妻を問い 糺さずにはいられませんでした。そしてその都度、全身に火の棒をつめこまれるような思いを味わい、劣情の 虜 になって、
「裸になってくれ。」
妻にとって、中岡よりもわたしの方がよっぽど 苛酷 であることを願いながら、臨月ちかい妻のからだをみつめ、そして頭をかかえて泣き出したりしました。あさましいことでした。
妻のことは、最初から許すも許さぬもありません。妻の話を信ずることだってできます。けれども、妻のことは忘れようにも忘れることができないのです。妻の悪夢は一巻のフィルムになって、わたしの頭のなかにあるのです。それは年々、 廻転 のすべりが悪くなり、映像の明確さをうしなっていくようですが、写して写らぬことはありません。そして、それはいまでも、なんかの拍子にひとりでに 廻りはじめることがあるのです。

つまり、どういうことか。
レイプされてどう「感じたか」が気になるということかしら。そして劣情を抱く。裸にする。

何とも品のない話ですな。私小説的で好きです。

位置: 2,313
そして、わたしは突然、怒気に 憑かれるのです。自分でも、なにを怒っているのか、なぜ怒り出すのかわかりません。けれども、怒らずにはいられません。寝ているときなら、いきなり 蒲団 の 襟 をひっぺがします。食事時なら、 箸 を折ります。皿の上のものを投げます。
こんどのアパートに越してきてからも、わたしはいちど、皿の上のカキフライを 掴んで妻の顔に投げつけました。 「なぜ、あたしを殴らないの? 殴ってください。」

そして伝説のカキフライ投げですよ。もったいない。
しかも妻を殴れないからカキフライを投げる。これほどカキフライにとって不名誉な捨てられ方はない。

まったく最高ですね。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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