『虞美人草』感想3 何度目かの挑戦でようやく読破

水面下での戦い、みたいなのが漱石は大好きだな。あたくしも大好きですが。

位置: 2,912
「うつくしい 方 ね」と糸子は藤尾を見る。藤尾は眼を上げない。 「ええ」と 素気 なく云い放つ。 極めて低い声である。答を与うるに 価せぬ事を聞かれた時に、――相手に 合槌 を打つ事を 屑 とせざる時に――女はこの法を用いる。女は肯定の辞に、否定の調子を寓する霊腕を有している。

鏡子さんもこの辺の戦いに参戦していたのだろうか。

位置: 2,950
「驚ろくうちは 楽 がある。女は仕合せなものだ」と再び 人込 へ出た時、何を思ったか甲野さんは 復 前言を繰り返した。
驚くうちは楽がある!
女は仕合せなものだ!
家 へ帰って寝床へ 這入るまで藤尾の耳にこの二句が 嘲 の 鈴 のごとく鳴った。

お兄ちゃんにこんなこと言われて、深く傷ついたろうか。藤尾女史の心境やいかに。しかし漱石は概論をいうけれど、藤尾の心中について明確にはしないね。やはり筆舌に尽くしがたいと思っているのかしら。

位置: 3,461
欽吾は腹を痛めぬ子である。腹を痛めぬ子に油断は出来ぬ。これが謎の女の先天的に教わった大真理である。この真理を発見すると共に謎の女は神経衰弱に 罹った。神経衰弱は文明の流行病である。自分の神経衰弱を 濫用 すると、わが子までも神経衰弱にしてしまう。

果たしてそうなのか。大真理をそんなに簡単に決めつけていいのでしょうか、漱石センセイ。

位置: 3,542
「奇麗でした」と女は 明確 受け留める。 後 から 「人間もだいぶ奇麗でした」と浴びせるように付け加えた。小野さんは思わず藤尾の顔を見る。少し 見当 がつき兼ねるので 「そうでしたか」と云った。 当り障りのない答は大抵の場合において 愚 な答である。弱身のある時は、いかなる詩人も愚をもって自ら甘んずる。
「奇麗な人間もだいぶ 見ましたよ」と藤尾は鋭どく繰り返した。何となく物騒な句である。なんだか無事に通り抜けられそうにない。男は仕方なしに口を 緘 んだ。女も留ったまま動かない。まだ白状しない気かと云う眼つきをして小野さんを見ている。

藤尾がじわりじわりと問い詰める。小野さんは不義をしているからタジタジ。なぜか小野さんだけさん付け。藤尾も可愛そうではあるんだ、現代の価値観でいうとね。

位置: 3,681
甲野さんは糸子の顔を見たまま、なぜの説明を求めなかった。糸子も進んでなぜの訳を話さなかった。 なぜ は 愛嬌 のうちに 溺れて、要領を得る前に、 行方 を隠してしまった。

「なぜ は 愛嬌 のうちに 溺れて、要領を得る前に、 行方 を隠してしまった」の一文。まるで愛嬌が主体かのように。この辺は好きな表現ですね。誰のせいでもない、愛嬌の方から勝手にいなくなったかのような無責任さ。

位置: 4,268
なぜこう気が弱いだろう――小野さんは考えながら、ふらふら歩いている。――なぜこう気が弱いだろう。頭脳も人には負けぬ。学問も級友の倍はある。挙止動作から 衣服 の着こなし方に至って、ことごとく 粋 を尽くしていると自信している。ただ気が弱い。気が弱いために損をする。損をするだけならいいが 乗っ 引きならぬ 羽目 に 陥る。

お前が悪いんだよ!の一言ですね。小野さん、なかなかの厄介者。自分の優柔不断が招いた不始末なのに、人のせいにしている。困ったやつです。

位置: 4,284
浅井のように気の毒気の少ないものなら、すぐ片づける事も出来る。 宗近 のような平気な男なら、苦もなくどうかするだろう。 甲野 なら超然として 板挟みになっているかも知れぬ。しかし自分には出来ない。 向 へ行って一歩深く 陥り、こっちへ来て一歩深く陥る。双方へ気兼をして、片足ずつ双方へ取られてしまう。つまりは人情に 絡んで意思に乏しいからである。

同情をもって小野さんを見ることができない。いや、そりゃ、ね。男としてその立場にいたら、フラフラしているほうが楽しかろう。義理と人情の間で揺れていりゃ、痛快だ。自分本意だ。しかし、それじゃ駄目なことは、大人だったら知っていてほしい。

位置: 4,755
「趣味を解した人です。愛を解した人です。温厚の君子です。――哲学者には分らない人格です。あなたには一さんは分るでしょう。しかし小野さんの 価値 は分りません。けっして分りません。一さんを 賞 める人に小野さんの価値が分る訳がありません。……」
「じゃ小野にするさ」
「無論します」
云い 棄てて紫の 絹 は戸口の方へ 揺いた。 繊 い手に 円鈕 をぐるりと回すや 否 や藤尾の姿は深い背景のうちに隠れた。

藤尾は当時の女性たちにどう捉えられたかしらね。
強い女、ものをはっきりいう女、として好意的に捉えられたのかしら。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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