『生首に聞いてみろ』感想 ミステリのためのミステリ

新本格って、要はミステリのためのミステリなんですよね。
そこが実に、良い。純粋なミステリ。

著名な彫刻家・川島伊作が病死した。彼が倒れる直前に完成させた、娘の江知佳をモデルにした石膏像の首が切り取られ、持ち去られてしまう。悪質ないたずらなのか、それとも江知佳への殺人予告か。三転四転する謎に迫る名探偵・法月綸太郎の推理は――!? 幾重にも絡んだ悲劇の幕が、いま開く!! 構想15年。著者渾身の長編本格ミステリ! 第5回本格ミステリ大賞受賞作!

クイーンへの愛情もいい。好きな人にはニヤリときます。

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六丁目の原町田総合クリニックね。

めちゃ地元。

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川島伊作の葬儀と告別式は、町田市 小山 町 の蓬泉会館で営まれることになっていた。地図で見ると、小山町は 多摩 ニュータウンの西端に位置し、八王子市と神奈川県 相模原市にサンドイッチされてひしゃげたような格好になっている。

地元だとそうそう!ってなる。東典礼かなぁ、モデルは。

位置: 1,455
「ことわっておくが、私には権力がある。しかもこれでいちばん低い階級の門番にすぎないんだ」
尊大ぶった 台詞 に綸太郎はかちんと来たが、すぐにそれが宇佐見のオリジナルでないことに気がついた。相手をしてやらないと、ますますなめられるにちがいない。まさかこんなところで、文学カルトクイズに答えることになろうとは。
「それは『 掟 の門』の門番の台詞でしょう。ぼくはそんなにしつこい男ですか?」

分からないので調べたら、カフカですかね?
こういうインテリ合戦、『サイコパス』の槇島✕狡噛を思い出させます。「パスカルの引用」のオルテガだったかな。

位置: 1,905
「たしかにそういうところはありますね」
綸太郎は相手に調子を合わせながら、内心では徐々に警戒心を強めていた。再婚した各務夫妻に対する川島の不審の念が、あまりにも誇大妄想的な色合いを帯びてきたからだ。
義憤と臆測を武器に他人を攻撃する人間は、往々にして自らの内部に、直視できない罪悪感を隠し持っていがちなものである。

往々にしてそういうもんだ。
犯罪者心理にも唸るところがある。

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ぞっとしないけど

ぎょっとしたので調べました。

ぞっとする・ぞっとしない。ぞっとするには「面白い」という意味もあるんだそうな。だから「ぞっとしない」は「面白くない」ということなんですね。

位置: 5,171
思わず目をそむけたくなるほど、痛々しい形相である。
冷めたスープの表面を脂の被膜が覆うように顔色を失って、年老いた義母の仮面を維持することすらできなくなっていた。半白のおかっぱのウィッグが傾いでいることにも、気づいていないらしい。人間の可聴音域をはずれたところで、心の結び目がほどける音が聞こえたような気がした。

ウィッグ外れてんのってやばいね。
恐怖そのもの。

位置: 6,044
「たったひとつのちがい? 眼を写し取った部分の?」
「『目』の表現がはらむパラドックスだよ。川島先生には、そうしなければならない必然性があった。だが、われわれ凡人の目から見ると、それはおぞましい犯罪にほかならない」
畏怖 と嫌忌。二つの矛盾する感情が、宇佐見彰甚の顔を引き裂いた。
「石膏像の顔は まぶたを閉じていなかった―― 両眼を開けていたんだ」

ここはビックリしましたね。まさか!ってなるもん。
いい仕掛けだ。

位置: 6,184
松坂院長は気のおけない口調で、地図を 肴 に雑談を始めた。
「ちょうどこのへんに、『仮面ライダー』のロケで使われたお化けマンションというのが建ってましてね。建物は取り壊してもう残っていませんが、本郷猛役の藤岡弘がバイク事故で大怪我したのも、そのあたりだそうですよ」
「あなたもこの土地で育ったんですか」

能ヶ谷のことだな。
いや、しかし、これは非常にいい町田本だ。

位置: 6,306
「――先ほど申し上げたように、私は産婦人科医院の院長職を退いてから、先祖ゆかりの武相困民党に関する郷土史研究に打ち込んでおりまして。そもそも、明治十六、七年に激化した困民党運動というのは、西南戦争後の国内インフレ解消を至上目的としたいわゆる松方デフレと、官業払い下げ政策のダブルパンチによって負債を抱え込んだ農民層が、返済条件の緩和を求めて引き起こしたものです。

そーなんだ。ふむふむ、勉強になる。自由民権資料館に行く必要があるな。

位置: 6,465
「何のことですか、そのエインセッカイというのは?」
「膣と 肛門 の間の筋肉を会陰といって、陰に会うという字を書きます。
分娩 時には、妊婦の会陰に胎児の頭部の圧力がかかり、この部位が薄く引き伸ばされる格好になる。無理していきむとこの筋肉が裂け、ひどい時には括約筋や、直腸の粘膜にまで傷が広がることがあるんです。分娩後、ただちに縫合すれば、通常は後遺症を残しませんが、雑菌に感染したり 血腫 が生じたりすると、縫合部が開いて治癒に日数がかかることもある。そのような重度の裂傷を予防するため、分娩の際にあらかじめメスで会陰を切っておくのが、産科のセオリーです。これが会陰切開と呼ばれるもので、ずいぶん乱暴に聞こえるかもしれませんが、そうした方が縫合の 痕 がきれいにふさがるし、出産後の性生活に支障を来すことも避けられる」

うちの妻も切られたなぁ。あのときはこっちが気を失うところでした。

位置: 6,484
「今の話ですが、助産院では会陰切開をしないものなんですか?」 「江知佳さんにも同じことを聞かれましたよ。答はイエスです。助産婦の資格では、患者にメスを入れることはできない。ああいうところでは、会陰が裂けないように日頃からマッサージをしたり、分娩にたっぷり時間をかけることで、何とかしのいでいるんです。それでも完全に裂傷を防げるわけではない。出産というのは人それぞれで、どんな患者さんでも常に自然分娩が望ましいとは言えません」

なんだか身に親しい話ばかり。もっと早く出会って然るべき本でしたね。

位置: 7,172
「――兄貴の誤解が解けなければよかったということか。十六年前の秘密をそのまま墓場へ持っていってしまえば、エッちゃんが殺されることもなかった。死んだ律子さんに顔向けができない。私たち兄弟は、絶交したままでいればよかったんだ」
両手に顔を埋めて嗚咽する男に、それ以上かける言葉はなかった。

最後のシーン。無念さがにじみ出ている。
読後感がいいね。フーダニットよりホワイダニットに重きをおいているのもいい。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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